講師 目良浩一氏
講師紹介と略歴
南カルフォルニア大学(USC)で教鞭をとる経済学者、目良浩一(めら・こういち)教授を迎えて、世界経済の動向を語って頂きます。特に日本の株価低迷や長期化するデフレの現状を解き明かし、波乱の経済環境を整えるのに不可欠な金融市場の流れや不良債権問題の行方、小泉改革の帰趨などについて、一般のマスコミにない切り口で指摘されることが期待されます。教授の世界的経済アナリストの片鱗は、先のハーバード大学や世界銀行での活躍場にも伺え知れますし、今日も、なお日米ビジネスの方向性に強い影響力を持った方と聞いております。
[略歴] 1957年東京大学工学部卒業。1965年ハーバード大学で博士号修得後、同年ハーバード大学経済学部講師。1967年ハーバード大学経済学助教授。1969年世界銀行のエコノミストとなり、その後同銀行アドバイザーとして活躍。1975年筑波大学教授。1995年南カリフォルニア大学教授、現在に至る。
紹介者 今森氏
講義内容
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'80年代以降の日本経済の動き
'80年代 バブル経済、派手な発展
'90年代 低迷、GNP: 2位->7位 PPP(購買力指数)にいたっては16位
失われた10年
'00年代 回復か停滞かの分岐点
凋落の原因
地価急落 -> 景気急落 -> 120兆円の不良債権
戦後復興、追いつけ追い越せが国民全体の一致した目標 -> '85年プラザ合意が分岐点
・目標達成 -> 目標喪失
・自信過剰による成金投資の失敗
・追いつき型経済の限界
・依存型のメンタリティー
・危機意識の欠如
どうすれば望ましい国になれるか
グローバリゼーションが不可欠、孤立主義は持続不可能
・自主的思考力が不可能
・異端を受け入れる社会
・能力を十分に生かせる社会
・政府による規制を最小限に
国民の自立、地方自治、教育改革、大胆な不良債権処理
失われた10年のその後
明るい兆しと暗いニュースが相半ば
2002/4 小泉政権発足1年成果乏しく
2002/12 上場企業、リストラにより7割増益
2003/1 新生銀行の成功
2003/3 イラク戦争 不安定
2003/4 4/26 日経平均¥7600まで落ち込み
2003/5 上場企業15%経常益増、ピーク時の9割まで回復
2003/5 全大手銀行、最終赤字
2003/7 経済指標上向く、長期金利上昇
改革は進んだか?
成果は少ない
・特区の規制撤廃
・金融機関への公的資金注入をやりやすくした
最近の動き
・株価上昇 -> 2003/4の急落からの回復
・長期金利上昇 -> 外資の影響
・企業業績向上 -> 特定業種、合理化の成果
本当の回復か?
答: まことに疑わしい
・経営方針 -> 大きな変化ない
・官僚の抵抗存続
・政治家、旧態依然
・小泉政権は 国民の期待と旧態政治家の中庸路線
必要な変化
・企業が政府に頼らない
・失業に動じない
・競争社会への慣れ
・政治家が官僚を動かす
・移民の入国制限を緩和
・努力が報われる社会に
講義全体の感想
力強い日本経済の回復を期待しましたが、道のりは険しいようです。今回のお話しは、目良教授からの警鐘と言えそうです。真の日本経済回復のためには、我々日本人一人一人が意識を変え変化することが求められていると感じました。
Hideki Muto
講師 アンディー松田文男 氏
講師略歴 スシ・シェフ・インスティチュート(SCI)の設立者、アンディー松田文男さんです。松田さんは兵庫県出身で、高校卒業後、寿司職人として修行を積み、1981年に包丁一本とスーツケースでロサンゼルスに来られ、その後、レストラン、ホテルなどで業績を上げられました。ホテルの仕事では、ロサンゼルス・シェラトン(LAX空港)とロングビーチ・シェラトンで、チーフ・スシ・シェフをされています。その傍ら、貿易会社も経営されています。
1998年にアメリカで初めてのスシ・シェフ養成学校「カリフォルニア・スシ・アカデミー」の設立に携わり、チーフ・インストラクターを務められました。その活躍ぶりは、数多くのテレビ、雑誌などで取り上げられ、人気雑誌の「ピープル・マガジン」にも紹介されています。
2002年9月に独立し、自らが経営者となって「スシ・シェフ・インスティチュート」を設立し、スシ・シェフの養成に力を注いでいます。
今から10年前の36歳のときにガンを患い、克服した体験の中から食生活の大切さを痛感し、それが学校設立の一つの動機にもなったそうです。
講義内容
写真(クリックすると拡大されます)
アメリカは今、日本食ブーム
現在、アメリカではSUSHIを初めとした日本食ブーム。全米で約7000件の日本食レストランが営業している。
離婚率が高くシングルの多いアメリカで、1人で行っても話ができる SUSHIバーが人気。スローフード見直しや健康ブームに乗り、暖かいもてなしのある日本食がロス、ニューヨークを中心にブームとなっている。
ブームの中に危険な兆候
日本人経営の日本食レストランは約30%。今後も減少傾向。70%の外国人経営のレストランの多くは、日本食の扱いの基本ができておらず、衛生面にも問題のある場合も多い。カリフォルニアロールができて、40年。現在ブームの渦中にあるが、何か事が起こるとどうなるか? いくら30%が頑張っても、70%に潰されてしまう危険性が潜んでいる。
HASP との戦い
食品衛生は30年前に制定されたHASPにより一元管理されている。
米食、中華、日本食全て同じ基準。
-> 日本食の実態に合わない基準
危険温度帯 40~141度 での保管は不可。(殺菌作用のある酢飯も同一管理)カリフォルニアで回転寿司はほぼ不可能
-> PHでの管理を提唱
今こそ、日本食スクールが必要
日本の技術を持っている日本食レストランの多くは、日本独特の職人気質。教える環境になっておらず、米国人が就職してもなかなか技術が習得できない。
「米国人がきちんと理解して技術を習得できるスクールが必要」
2002年9月に独立し、自らが経営者となって「スシ・シェフ・インスティチュート」を設立
スシ・シェフ・インスティチュートの現在
ベーシッククラス(1ヶ月)とプロクラス(1ヶ月)の2本建て
プロクラスはプロとして必要な基本を徹底
ファンシーロールよりもカッパ巻きを1分1本巻ける技術の方が大切。
350名の卒業生の70%がプロとして活躍中、5、6名が日本食レストランを経営。
世界に通用するSUSHIを作ってもらうため、知ってることは全て教える
世界の寿司はロスから
日本の寿司: 職人の世界。「黙って俺の寿司を・・・」 敷居が高い。
世界が求めているのは、日本の寿司ではなく 、敷居の低いロスのSUSHI。
ロスが世界のSUSHIの拠点
日本の伝統をキープするのは今が大事。今後の5、6年が勝負
講義全体の感想
3才から料理をしていたというアンディーさん。SUSHIに対する熱い思いがひしひしと伝わってくる素晴らしい講義でした。
Hideki Muto
講師 Dr.三浦龍子氏
講師紹介と略歴
2003年 5月度の講師として、Dr.三浦龍子氏をお迎えして、「重病を克服するキーとなった精神療法とは?」と題し、医者から匙を投げられた重病を自分で完治してしまった人達を徹底的にリサーチし、奇跡の陰に何があったかを探った結果について専門の精神療法的、食事療法的、医学的なアプローチにより解明し、我々に「ライフセービングテクニック」を提供して頂きます。
Dr.三浦はサンデイゴ州立大学で心理学修士号を取得後、California Institute of Integral Studiesで臨床心理学博士号及びビジネスコンサルタントの免許を取得。8年以上の異文化コミュニケーションの経験を持ち、企業や個人の問題に対応しています。
講義内容
1.病気になるまでの過程には次の3ステップの時期がある
1) 警告反応期:犬に吠えられた時、逃げるか闘うかの準備をするべくホルモンが自律反応する。
2) 抵抗期:疲労が取れない状態が3~6ヶ月続くと血液が酸性化して病原菌が好む状態になる。
3) 疲労困憊期:抵抗期に適切な治療をしないと病気が進行して、終いには死に至る。
要は病原菌が好まない状態の体に保つことが大切。その条件とは:
1 ジャンクフードを避けて、弱アルカリになる食事をとる(野菜、豆腐、梅干、海草・・・)
2うらみ・つらみをすててポジテブな心構えに切り替える
3 適度な運動をして血液の循環を良くする
4 体を冷やさない
2.著名な検死官だったトーマス野口の言葉
年齢に関係なくストレスに蝕まれた人の内臓・血管はぼろぼろで、100歳まで生きた人の内臓はピカピカにきれいで、死ぬ時も苦しまずローソクが燃え尽きるようにスーと亡くなる。
3.医者に匙を投げられたほどの重病を克服した人たちの実例
1) 寺山しんいちろう(物理学者・ビジネスコンサルタント)
働きすぎ(ワーコフォリック)で夜もろくに寝ずコーヒー一日20~30杯。ステーキを好み、リラックスする時間もなく、その気もない。結果は腎臓ガンが体中に移転し入院。食べ物・死人の匂いが鼻に付き食べられず退院。食事内容を変え、鳥が朝さえずるのは朝のうちは酸素濃度が高いからということに気付き、朝の運動効果と食事療法で快復した。
2) デニース(二児の母)
乳ガン。医者が与える薬を納得しないと飲まないため強制退院。子供が小さく死ぬわけにはいかない。なぜこうなったか瞑想し、過去のうらみ・つらみを解除すべきと悟り、快方にむかう。(医者に素直な人は頑固な人より亡くなる率が高いとも言われている)
3) 本田氏(元阪神タイガースのキャッチャー、真向法の先生)
骨ガン。余命6ヶ月の宣告受ける。ステーキ、白米を好みそれがエネルギー源と考えていた。食事、砂療法、塩バス、スピリチュアルトレーニングでサバイバルした。
4) ロレン・デイ(医者)
乳ガン。癌巣を切除する時にリンパ腺もとられそうになった。手術を繰り返したくないのでいろりろ試した。死ぬ間際に肛門から点滴して死を免れ、そのごキャロットジュースなどで快復。
5) 隣人のベテイ
びわの葉、何妙法蓮華経を唱え、絶対生き抜くと信じた。
6) ジェロー・ジャボスキー(?)
23歳、スキーで怪我、半身不随に。スキーをもう一度したいという強い欲望を持ちつづけ快復。
4.重病を克服した患者に共通する点
1) 自分の身の回りをポジテブなもので囲む:ポジテブなニュースに反応し、ポジテブな映画を選び、心休まる友人を選び疲れる友人は避ける.…など。
2) 自分は治ってみせるという強い信念と念願を持ちつづける:宇宙からのフィードバックを信じる。念願を持ちつづけて行動すればかなえられる。シンクロシテイ・・・GroupSoulMateが現われ助け舟を出してくれる。その中から自分に合うものを第六感やリングテストで選ぶ。
3) 生きる目的をもつ:子供のためにも生きる、スキーをしたいなど。中国では正月期間は老人の死亡率が低いというデータがある(子供に再会できる喜び楽しみがあるから)。
4) 気が強い、頑固:気が合う医者と合わない医者がある。納得できなければ変えてでも。
5) 自分の存在よりも偉大なものの存在を信じる:神、エンジェル、スピリチュアルなもの、などにオープンマインドであること。
6) 病気が治っても良い習慣は続ける:治ったからといってもとのジャンクフードの戻らない。
7) ロールモデルを自ら探してサポートを受ける:生き延びた人の話や本に触れる。「スポンテナス・ヒーリング」という本にいろんな例が載っている。
8) ラジカルに生き方を変えている
9) 自分の病気を点からのギフトとしてとらえる:無茶をした結果こうなったが、よくここまで体が耐えてくれたと感謝する。
10)物事を良い方に持ってゆく:足を失っても手はまだある、歩けなくても目は見える、というように。そうすれば体は良いように反応してくる。
11)イヤなことはNo!と言う:自分を殺してまでストレスをためない。
12)うらみ・つらみから自分を開放する:うらみつらみは毒。セラピストや友人に話して後に残さない。
13)治療期間は病気をダダッ子と思え:そう思えば徐々に消えて行く。
5.病気にかからないために
1) スピリチュアル・トレーニング:天の声を聞く(エンジェル・死んだおばあちゃん・・・)、Still voice within(第六感の声、食あたりする時は食べた瞬間ピンとくるはず。それを聞く)
2) 体を弱アルカリ(Ph7.4)にする食べ物:梅干、梅エキス、玄米食、豆腐、野菜中心、青汁、キャロットジュース、葉緑素、グリーンマグマ、肉は食べても良いが腸に引っかかる悪者を取り去る酵素を飲めばよい。びわの葉茶、三つの白(砂糖、塩、白米)を避ける、乳酸菌を飲む、宿便は横になり指で揉んで固いところをマッサージして排泄を促す。
3) フレッチャリズム:食べ物を良く噛む。唾液のなかには体を若返らせる酵素がある。噛むことで野菜が好きになり、肉が嫌いになる。人間はもともと肉食ではない。犬と違って人間の歯が平べったいのはそのせい。エスキモーは文明(ジャンクフード)が進むにつれ病気が多くなった。
4) 適度な運動とストレッチング:体から毒を出す。リンパ腺を心臓に向けてブラシするとよい。
5) 水を飲む:一日8~10杯。関節がルース(スムーズ)になる。水道水は不純物多くてだめ。
6) 纏め:�体を抗酸性つまり弱アルカリにする、�運動して酸素を送り込む、�体を動かし体を冷やさない、�毒素を入れない(ジャンクフード、暴飲、暴食を避ける)、などが大切。
以上 出席者:約50名, 記録:井出
昨日はご多忙中にもかかわらず、私ども「サウスベイ経営セミナー」のため、講師としておいでいただき、貴重な講演をありがとうございました。
米英によるイラク攻撃が軍事的にひとつの節目を迎えたこの日に、日本の歴史、特に「徳川15代にわたる260年の歴史に焦点をあてたお話はタイミングも良く、現状と重ね合わせながら興味深く拝聴いたしました。
初代家康のカリスマ体制から次第に組織としての幕藩体制を確立し、260年余りにわたって継続した理由、しかしそれでもそれが代を重ねるにしたがって財政悪化、内部矛盾、外国からの圧力などにより長期体制にも限界を生じ、遂には大政奉還にいたる経過・メカニズムについて、徳川15代にわたって詳細に解説いただき、私たちが見逃していた数多くの要点について再認識いたしました。また、これら体制の成長・崩壊過程は洋の東西にかかわらず、歴史の必然であることにも気付かされました。
配布いただいた「徳川15代の年号、主要出来事ほか」要点をまとめたメモは私たちにとって利用価値のある貴重な資料です。
今回は時間の関係で「徳川時代」に限定されましたが、また機会を作っていただき、更に幅広く奥深い歴史検証にまで発展させ、お話いただければ幸いです。
戦争を知らない世代が多い私たち日本人にとって、戦争とは、平和とはを考え、また歴史認識の必要性について知る良い機会を与えていただいたことに厚くお礼申し上げます。
どうも誠に有り難うございました。
サウスベイ経営セミナー
会 長 :井 出 英 雄
セミナー委員長(代行):河 合 将 介
ヘンリー幸田様
先日は 私ども「サウスベイ経営セミナー」のため、講師としてお出でいただき 誠に有り難うございました。
トーマスエジソンと聞くと、偉大な天才発明家と思っておりましたが、一人の男として試行錯誤を経て実践した生活の一端を垣間見ることが出来、エジソンをより身近な先輩として、感じることが出来ました。
エジソンの知的好奇心の旺盛さ、失敗は存在しない、ハンディキャップを特長と考える積極性など、多くを学ばせてもらいました。
またフィロソフィーとは、「愛情を持って考えること」であることを知り得ただけでも、今回のセミナーに参加した意義があったように思います。しかし、話はそこに留まらず、ユダヤ教のセダカ、キリスト教のチャリティ、イスラム教のサカートの違いにおよび、混迷を深める現在の国際情勢を考える上での、大きなヒントをいただいたような気も致しました。
知的能力を高め、知的生活を楽しむ方法として、ご紹介いただいたものは、どれも新鮮でしかも今日から実践が可能なものとして、次に記載させていただきます。
<知的能力を高める7つの要素>
感性・運動・記憶・思考・道具・言語・学習
<知的生活を楽しむ方法>
評価-社会システムとしての評価と個人的評価
交流-Argument とDiscussion
読書-書籍投資・目次・反復
創造性-一人でやるブレーンストーミング
継続-量質転換
不可能と可能-輪投げの論理
睡眠-中村天風の考え
幸田さんのお陰で、SBMS会員の知的能力も今日々向上するものと確信しております。
お忙しい中、エジソンの電球、トースターの実物もご持参いただき、本物に触れた感動を忘れない会員も多いものと思います。
2003年の最初のセミナーとして、大きな知的刺激と元気を与えていただいたことに心より感謝申し上げます。今後とも、多方面でご活躍されますよう祈念いたしております。
この度は、誠に有り難うございました。
サウスベイ経営セミナー
会 長: 井出 英雄
2002年12月23日
Mr. Hikaru Sasahara
先日は 私ども「サウスベイ経営セミナー」のため、講師としてお出でいただき 誠に有り難うございました。
御自身の経験に基づくお話は、説得力に溢れ、参加した会員にとって大変有意義なものでした。
自動車や電化製品で世界をリードし、ビデオゲーム、カラオケ、アニメとソフトウェアで世界進出をしてきた日本が、この処少し元気がないように見えていましたが、次はマンガで日本が世界を制覇すると言う笹原様のお話は、私たち日本人を大いに元気付けてくれました。
「日本の文化に一味つけて、世界に紹介する。」「ビーフステーキに醤油を一滴滴らすようなもの」というのは、分かりやすく、また興味深く聞かせて頂きました。
笹原様自身の生い立ちから、寺内タケシやベンチャーズなどの名前も登場し、懐かしく聞いた会員も多かったと思います。
日本で既に50年以上のマンガの歴史と資産がある事。セガ、ニンテンドーで育った若者に、日本人アメリカ人の区別はなく、マンガが受け入れられる素地が既に整っている事。など、日米の文化にも触れた分析は、新鮮でした。
最近のハリウッドのコンテンツ不足から、日本へのマンガツアーの企画や、マンガのリメークライツのライセンスビジネスにかけられる情熱を、熱く感じた時間でした。
また、お忙しい中、ビデオを準備頂き、理解を深める事が出来ました事に心より感謝いたします。
「いつも、私は世の中より先に行き過ぎて、旨くいかないのですよ。」と言われたのが、まだ耳に残っていますが、今後とも常に将来を見据えて、益々ご発展ご活躍されますようお祈りしまして、御礼に代えさせて頂きます。
この度は、誠に有り難うございました。
サウスベイ経営セミナー
会 長: 井出 英雄
セミナー委員長:永山 繁雄
2002年11月16日
すずき じゅんいち様:
先日は「サウスベイ経営セミナー」のために、講師としてお出で頂き誠にありがとうございました。また、今回の映画界の講演には 奥様の榊原るみさんとご同行でお出で頂いた事で、普段は硬い講演が多いSBMSのセミーナーに華やかさを加えて頂けたと思います。
すずき様の30年に及ぶ映画界の経験と、我々にも馴染みの深い多数の受賞映画作品の監督としての経験に基づくお話は、私共一般人にはなかなか知り得ない分野のお話でしたので、大変興味深く拝聴しました。
特にアメリカ映画が世界中でもてはやされる反面、日本やヨーロッパの映画はその国以外ではあまりヒットしてない事の理由と日米映画製作環境の違いの説明は理解し安く、印象に残っております。
今や映画と言えばアメリカ映画。映画を最初に開発したフランスでさえも、上映される映画の60%はハリウッド映画、イギリスやドイツに至っては90%、日本では70%がハリウッド映画が現状。ではなぜアメリカ映画が世界中でヒットするのだろうか?アメリカは多民族国家であり、ひとつの民族にしか理解できない映画は作れない環境がある。映画作りの原点である"誰が観ても面白い映画"を基本にシンプルな映画が作られており、これが世界中の誰が観ても楽しめる映画となり、ヒットしている。それに対し、日本やヨーロッパなどの単一民族国家では、その民族しか理解できないような哲学的な映画が作られる傾向があり、世界的なヒットに繋がらない結果となっているとの見解の説明を頂きました。
また、日米の映画製作に関する環境の違いとして、以下を含めた興味深いご説明を拝聴させて頂きました。
・ 日本の映画製作会社場合、アメリカとは異なり、古き良き時代の体制が残っており、最初から映画監督として入社しなくても訓練期間を経て、素質があれば監督にしてくれる。助監督はアメリカは2人だが、日本は4人。小道具、衣装、俳優係りとしての助監督を経て映画製作の経験を積み重ねる事による、人を育てる環境が残っている。
・ 映画の著作権は日本の場合出資者側に有り、アメリカの場合は製作者側にある。故にヒット作品からの利益はアメリカでは製作者側にも還元されるが、日本では還元されない。従って、日本では興行収益を第一目標とした映画よりも、映画監督が作りたい映画を作る傾向が強くなる。そのため、芸術性の高いものや哲学的な映画が作られる事が多く、大衆的なヒット作品の制作に繋がらない。
その他のお話として、日本映画は出資会社の税金対策、バブル時代は米国映画の大部分に日本の出資があった、アメリカで映画に投資すると儲かる、監督とプロデューサーの役割の違い、映画はビデオやテレビで儲かる、アメリカではヒット作品の利益の90%は配給会社独占等、お聞きして初めて知り得た事が多く、時間の経つのを忘れてしまう程でした。
今回のご講演、誠にありがとうございました。
サウスベイ経営セミナー
会長: 井出 英雄
セミナー委員長: 永山 繁雄
2002年10月11日
Hugh Leonard様
先日は「サウスベイ経営セミナー」のために、講師としてお出で頂き誠にありがとうございました。
「世界を作り直す事が出来る日本人」を命題としたLeonard様のお話は、常々、日本は経済大国にはなりえたものの、世界政治の場で通じるリーダーシップを持った人材が育っていない事を憂慮している我々日本人にとって興味深い内容でした。
日本と同様に島国で、無口で人にはっきりと自分の意見を言う事を好まない文化を持つといわれるアイルランドに生まれ育ったLeonard様が、アメリカに移住して物事を率直に言う文化に接し、その二つの文化の違いを踏まえた後、長期に渡る日本での生活で得られた日本人と日本の文化への深い理解を基に、元キリスト教の聖職のお立場で育まれたリーダーシップの取り方のお話しでしたので、私達聞く者にとっては理解し易く、納得のいく内容でした。
リーダーシップの取り方の講義に使用されたパンフレットの内容も然る事ながら、お話しの内容として以下の事が特に強い印象として残っております。
・ 日本でのキリスト教伝導活動の基本として先ず、儒教・仏教の勉強をされ、西洋的な考えに基づくキリスト教の布教活動ではなく東洋文化に沿った布教に努めた。
・ 司祭の身分を捨てて普通人として再出発された時の苦労話。
・ アイルランドで鍛冶屋をやっておられたご尊父様のビジョンとしての「私は人が食べるための道具を作っている」のお言葉。
・ 大企業の時代は過ぎた。今は情報社会であり急激な変化に対応できる小企業の時代である。故に、個々がリーダーの資質を持つ事が大切。
・ リーダーの資質として、表面だけではなく、内面ではっきりとした自信を持つ。(自分のアイデンテティを明確にする)
・ 自分の行動が他人に与えるインパクトを知る。
・ 自分のビジョンと価値観を持ち何を変えるかを考える。
・ 人間関係を作るために充分な時間を割いて相手を知り、自分の考えを伝達する。
・ 相手に自分の考え方が伝わらないとついて来ない。自分の考えを売り込む事。
・ 人の模範となる言動に努めるべし。(例。上杉鷹山)
お話はリーダーシップの取り方から、徐々に日本と言う人口過密の島国で育った日本人の優れた協力・協調性は今、正に世界は必要としている。日本人は今こそ日本人的なリーダーシップを世界に示すべきと、以下のご指摘を頂きました。
・ バブル後の日本人は何をして良いのか判らない状況である。
・ 新しいビジョンが出来ていない。
・ 日本文化の再発見・認識をすべし。
・ 日本の優れた工業製品は世界に浸透したが、日本人の心、考え方の影響が少ない。
・ 日本人の優れた協調性の文化が世界に伝わっていない。
・ 今、世界は他との協力・協調性を育む事が必要。
・ 他の国の文化を知らないアメリカはグローバル化していない。
・ アメリカに対し他の文化の影響を与えるべき。
・ 日本文化的価値観で捉えた協力・強調を主眼としたリーダーシップを世界に示すべき。
Leonard様のお話からは未だ不況から脱出出来ないままの日本を祖国に持つ我々に、新しい視野を紹介すると共に、大きな希望を与えて頂き、感動致しました。
誠に有難うございました。
サウスベイ経営セミナー
会長: 井出 英雄
副会長: 藤原 勝
2002年9月16日
中 西 猛 様
先日は 私ども「サウスベイ経営セミナー」のため、講師としてお出でいただき 誠に有り難うございました。
長年の経験に基づくお話は、どれも実体験に裏打ちされた迫力と説得力に溢れ、参加した会員にとって大変有意義なものとなりました。
開発、製造、営業それぞれのご経験談中で、「社会に対応して時流に乗る事の重要性」と「異業種交流の重要性」を判りやすくご説明戴き、感銘致しました。
ミノルタのユニマチックからヒントを得た島津のオートショット
「異業種のアイデアを適用する事で、パテント取得が可能であった事」
「自分自身で悩み、限界まで極めた研究が基になって、新しいアイデアのインスピレーションが湧き、外の世界の情報に対するセンサーの感度を上げる事が出来る」
百発百中から千発千中への改善
「長年やり続けてきた事をブレークスルーする事は難しい」
「It is time to think outside the box. と必ず別のやり方考え方がある事を信じて取り組む事が大切」
在米日系人の先人への感謝
「現在の在米日本人が、現在の地位を得ているのは、先人の遺産によるものである事に思いを致し、感謝すると同時に社会への貢献をいつも考えなければならないこと」
また、島津製作所が明治時代のヴェンチャー企業であり、彼らの開発した畜電器が日露戦争のバルチック艦隊との勝利に大きな役割を果たしたエピーソードも大変楽しく聞かせていただきました。
ご引退直前のお忙しい時にも関わらず、私どものために時間を割いていただきました事に心より感謝申し上げます。引退後は、どのようなご予定なのか、伺う機会を逃してしまいましたが、今後とも、健康に留意されて、私ども後輩企業人に叱咤激励を続けていただきたく、お願いいたします。
この度は、誠に有り難うございました。
サウスベイ経営セミナー
会 長: 井出 英雄
セミナー委員長:永山 繁雄
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