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良寛遠望-6

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良寛遠望-6
本堂の右手に屋根をかけられた倒木と石碑があった

巨木は松の木であり、立て看板には
「弘法大師 五鈷掛の松
 弘法大師が中国より帰国の途次三鈷と五鈷を投げられ
三鈷は高野山の松にかかり五鈷が当山のこの松にかかり
真言道場になりました」
とかいてある

石碑は良寛の書で
「国上の大殿のまえの一つ松上つ枝は照る日をかくし
中つ枝は鳥を住ましめしづ枝は甍にかかり時じくぞ
霜は降れとも時じくぞ風は吹けれども千早ふる神のみ代より
ありけら可やあやしき松ぞ国上の松は」
と刻んであります
#政治 #歴史 #環境 #社会 #経済

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KUMA
Commented by KUMA
Posted at 2009-01-14 14:45

空海和尚のこの手の話は多いですね。

おそらく「高野聖」が広めたと思いますが、最初に原本を創作し、広めた人に興味を持ちます。

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wahootaste
Commented by wahootaste
Posted at 2009-01-15 03:09

歴史の奥深さ、幅広さに嵌りつつあります

最近は先日書きました、海人は古代に日本の近海を
海遊民として陸に上がり、内陸へ移動したと考えられています
(当時は日本とは表現されていませんが、便宜上
日本近海と書きました)

遺跡や遺物を対象にしている考古学や文書を中心の
歴史学ではなかなか捉えることが困難で、評価も
しないようです

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Toshiaki Nomura
Commented by Toshiaki Nomura
Posted at 2009-01-14 16:46

厳重に屋根がかかってますねぇ・・・。


倒れてしまったのは残念ですね。
ま、歴史的松の木ですね・・・。

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wahootaste
Commented by wahootaste
Posted at 2009-01-15 03:13

さて、何年にこの松が倒れたかは書いてありませんでした


古刹には伝承されたものが、一つの「箔」となります
余り深く物事を検証すると楽しさが半減する事があります

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