大切な人を失った悲しみと嘆きには、終わりがないけど、
悲しみは日々変化する。
悲しみは、通過地点であり、住み家ではない。
悲しみは、弱さの表れでも、
信仰の足りなさでもない。
それは、あなたの愛の重みによる。
愛した分だけ、人は悲しみます。
最近、親しい方が天に召されました。
私が彼女に出会ってもう14年。
知っている限り、いつも様々な病気と痛みと戦っていました。
そして、若くして天に召されました。
悔しいやら、悲しいやら、もう痛みがないと思えばほっとするやら。。。
なんと言い表したらいいか分かりません。
ただただ、いろんな感情が出てきます。
コロナのこんな状態ですから、集まったりもできないですし。
ご家族にハグをすることもできません。
たくさんの友人が痛みました。
愛して、愛された分だけ、悲しみが多いです。。。。。
先日、ズームで、グリーフグループを持ちました。
みなさん、涙を流しました。
そして、思い出をはなして笑いました。
悲しみがあることは変わりません。
でも、すこし、悲しみが変わりました。
みなで話したことで。。。
悲しみは弱さではなく、愛の現れです。
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Posted at 2020-05-05 17:03
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Posted at 2020-05-05 19:13
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Posted at 2020-05-05 19:21
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Posted at 2020-05-05 19:34
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Posted at 2020-05-05 19:41
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