まな板を使わず 刃物をナメて使い 隙ありと切られてしまう 久しぶりに指を少し切る たいしたことはないが 痛みに思い出す 肉体を守るため 鋭利なモノには気を付けろ と 滲む血を眺め 絆創膏はどこにあるのか そう思いながら 赤く染まって 日常の時間は止まる 理由のある痛みは わかりやす囁く お前は間違っている と 今 鍋をつかむ指の 絆創膏が剥がれかけると 悔しさに貼る 絆創膏を探していた
古(いにしえ)の古の 古の空箱の 素敵な物語の 欠けらの 欠けらの パンっと 破ってと 君がいうと どこかへ飛べると 飛べると 不思議な 黄ばんだ紙の匂いのような 懐かしいような 夢のような 軽やかな もう浮いている 浮いている 君は知っている 知っている 僕も知っている 君を知っている 知っている よ
痛みが走るカラダ その中で元気が叫ぶ 俺は今を生きて 納得を飲み込めれば もう目覚めなくても本望な覚悟は 違う次元で詩を綴らせるはずだ 追う納得という奴は 掴めそうで掴めないから 俺の心中を引きちぎり バラバラにしては 不完全燃焼のカスで山を盛る 嘆いている暇は俺にはない 有限のカラダに 有限の魂からの消える恐怖を 塗り潰しながら今がある ひとが感じる俺の魂など 真実のモノではない 追求する表現者は 自分に自分を近づける生きモノ いつ死のうが 納得に近づく矢印になり リアルタイムに投身しなければ 痛みの中から やっと見つけた鍵穴に 俺を差し込むだけだ そこが始まりでだろうが 終わりであろうが
市営野球場の 駐車場から聞こえる 直線の音 遠くを忘れた空 揺れることのない枝 燻んだ空気の色 誰も見ようとしない桜 冷たい裸体 左手を高く掲げる銅像 ベンチに座る男 固まっているカラダ 直線と歪んだ足音だけが やけに響いている 静かにあった存在の迷い 止まらずにはいられない 動くものは怪しいモノ 襲いかかる無言 止まる直線 止まる足 点
私の一日はまだ終わっていないが 日をめくる時計 二十四時間では足らない日々の ゆとりが忙しさにくっ付いて めくられてしまう 現実を味わって過ごせる 心のセンスは乏しく 人生のデッサンは線がはみ出し ガクンと落ちて眠りに就く 目覚めれば未練の布団から いざ出陣なんて気合を入れて まだ寒い桜の下 私が冴えていないのだろう 綺麗なはずのものが反射してこない 社会で生きることの 継続と忍耐が必要であるように ステレオタイプという言葉を 足の裏に刻みながら押しつけている それでも一歩一歩 今日も先へ進むことに執着しよう それでも一歩一歩 今日も轍の道が平らになると信じて 桜が桜であるように 私が私であることを捨てぬよう 「それでも」と言う栞をはさみ 日めくられる日々は続く
男兄弟って、そんなものなのか。 父が亡くなる前に病室で兄と会う。十五年ぶりの再会であったが、気まずい理由はなかったはずなのに疎遠であった。痩せていた兄が太っている姿を見て、時の経過を感じた。住んでいるところも車で四十分ほどしか離れていないはずなのに、こんな場所で会うのはなんだか親に申し訳ない気がして。 子どもの頃はもちろん毎日のように空き地で野球をして遊び、兄弟の仲は良い方だっただろう。ハデに罵り合う喧嘩もなく、いつも暇があれば遊びを見つけ楽しんでいた。 しかし、兄と話し始めると時間の経過は何の障害にもならないことがわかる。たわいもないむかし話に花が咲く。会話のパターンも変わらず同じ。私がボケて兄がボソッと正す。 「前の車のハイバード(hybrid)って、ハイブリッドカーだよね」と前に走る車を指さし私。 「あれ、ハイブリッドって書いてあるぞ」と兄。 私は恥ずかしながら、ずっとハイバードというハイブリッドカーがあると思っていた。この様な会話は誰ともせずに、やはり十年くらいは訂正されず。教師をしている兄は「馬鹿だな」という言葉は使わない。それは恥を強調しない兄の人柄からくるのかもしれない。 それからは、電話で兄と話すことが自然になってきた。まあ、互いに用事や聞きたいことがあった時だけだが。兄弟の関係は修正されたようだ。 来月には父の三回忌。兄弟の会話に父は天国で笑うことだろう。 余計なことを一切言わない父は「らしいな」と頬を緩ませて。
暗い心持ちを照らす朝の輝き ふざけてくすぐられているような ちょっと照れくさいけど 嬉しい気持ち わかってくれますか 昨日と今日は一日を過ごしたぶん 私の中で何かが違っているのだろうと 探ってはみるものの 空模様の違いほど はっきりとはしていません とてもごちゃごちゃして 見えているもの 見ようとするもの 見なくてはいけないもの 見たくないもの 疑心が膨らんできては のちのち苦しくなってしまいます 悩みのち快晴 空のように はなかなかメリハリがつきません でも今はなんだか気分がよくて 僕にはない輝きの 恩恵を与り進んでいるのですから こんな気持ち わかってくれますか
今宵も僕のように 上弦の月を指さしながら 何人もの詩人が 幻想の夜空にいるのだろう 生活の糧になる訳でもなく ただ価値観はよく解っていて 月の色を想像せずにはいられない 声を出して笑う楽しみではないが 充実を得る静かな楽しみはある 向き合ってもいないのに 視線を感じてしまう精神から 綺麗なモノが通り過ぎたり 汚いモノが溢れ出したり 迂回路の途中に時計をぶら下げ 歪んだ時間は芸術的な飛び方をする 僕らは蒼き魅惑の中 彷徨える充実の羽をひろげ 何処までも月へ向かう
揺れて怯える僕に 折り合いを歌わせてくれる 鳥がさえずり 浴して伝えるように鳴いている 想像は涙さえ枯らして 向こう側にいるだろう君から 歌う力をいただいて 僕が自由に寄り添っても 破けることのない 紙面はいつも優しく待っている
淋しき夢に涙した まだまだ弱い空の下 流れるもの冷たさに 噛みしめ鳴った悔しさよ 淋しき夢に涙した 肥やし蒔いた空の下 誰が知ろうかこの孤独 押しては返す鼓動の波よ 淋しき夢に涙した まだまだ終わらぬ空の下 誰が笑うかこの孤独 誉れ消し去り躍動の人よ