よく「人生、七転び八起きだ。」などと口に出しますが、何故七回転んだら七回起きればいいんじゃないのと疑問に思うことはありませんでした。七回転んだら八回起きるという意味であることはわかっていても、これが「七回目に転んだのなら八回目に起きればいいのだ。」とか、「七回転んだら、それよりももっと多い八回起きるくらいの気持ちのたとえだ。」などと勝手に考えてしまうからのようです。よく政治家たちがテレビのインタビューで「200%有り得ない。」なんて、本当に有り得ない表現をするので頭がまひしてしまっているのかも知れません。ところが七転び八起きにはちゃんとした理由があって、これを初めて知ったのはずい分と年令を重ねてからでした。
この説にもいくつかあるのですが、私がきっとそうだろうと思うのが次のような説です。
「人は生まれてきたときがまず1回目の“起き”になるからだ。」というものです。ですから生を受けてから何かがあるとそれが1転びになり、それから立ち直ることは2回目の起きになるのです。もっともつじつまの合う説だと思います。
本当の意味を知らず、何気なく使っている言葉って本当に多くあるものです。
カーネル笠井
生きものを飼うとつい情が移ってしまいます。
初めて犬を飼った時のことです。
それは真っ白の秋田犬のメスです。メスと言っても秋田犬ですからとても逞しく、凛々しい雰囲気のある犬でした。姿勢がいい犬とでも言いましょうか、「お座り」をさせると、背筋がピンとするほどの姿勢のよさでした。もちろん秋田犬ですから耳もピンとしていました。
名を「ぴー公」と名づけとことん可愛がりました。時には家の中へも入れてあげました。きっと自分も人間の家族の一人だと思っていたことでしょう。しかし散歩は大変でした。一緒に走るとあっという間に引っ張られてしまうため、ついには自転車での散歩、というよりも一種のトレーニングでした。冬は雪の上も喜んで走りました。そして雪もおいしそうに食べていました。
そんな「ぴー公」も母親になり、メスとオスのそれぞれの子犬を産みました。田舎でしたから、遅い時間になると今では考えられませんが、自由に放してあげたのです。そのことを「冒険」と呼んでいました。3時間ぐらいすると真っ黒になって冒険から帰ってくるのです。
そんなある日の夜、いつも通り3匹で冒険に出かけました。しかし、まだ1時間もたたないうちに母親だけが単独で帰ってきたのでした。しかも何か様子が変でした。すると、なにやらこっちへ来いといわんばかりに、洋服の袖をくわえて引っ張るのです。そのまま様子がおかしい「ぴー公」に引っ張られるままどんどん走っていくと、その先には畑の真ん中に用水池があったのです。なんと、その真ん中あたりには一匹の子犬が息も絶え絶え、もうただ浮いた状態でした。きっと乗り越えようとしているうちに誤って落ちたのでしょう。
すぐさま引き寄せ、「ぴー公」よりも早く走って帰り、真夏だと言うのにストーブを出し、とにかく暖をとり、タオルでくるみ家族全員で体全体をさすってやりました。お腹を押すと、大量に飲み込んだ水が口から出てきました。そんな必死の救助活動の数分後、何と、無事に息を取り戻したのでした。
まるで何かの本の話のような本当にあった話です。溺れて用水池の真ん中まで流れていった子犬を見て、これは人間に助けを求めなくてはととっさに考えたのでしょう。自らも犠牲になる危険を冒すことなく、ちゃんと人間に委ねたあたりは、凄い知恵だと今でも思っています。
それ以来、「ぴー公」を心底尊敬をするようになりました。
ラッコ横山
一人で物事を考えると自分で判断しなくてはなりません。
二人になるとどちらか一方が白ならばどちらかが赤と言ったように、双方の意見が分かれます。
しかし三人になると全員が同じ考えになることよりも、2:1で初めて二つのグループに分かれます。ここで初めて多数決なるものが可能となります。もちろん多数決ではなくとも、討議をする場合も、1:1で意見を交わしていると、残る一人が中立な立場でその意見を客観的に聞き、どちらがふさわしいかのジャッジができます。
ところが、四人だとまた半々に分かれる可能性もありますし、さらに五人ともなるとそう簡単に物事が決まるとは思えません。
その点でも「三人」というのはよくできた組み合わせだと痛感します。
そこで調べてみたところ、「三」の由来は中国の陰陽思想によるものと考えられているそうです。それは、「一」が全ての原点であり、その次に区切りのよい数字が「三」であるからと考えられ、縁起のよい数字もあり、初めて点や線から面ができるからなど、いろいろな考え方があるようですが。
「三度目の正直」
「三人寄れば文殊の知恵」
「三つ子の魂 百マデ」
そして社会では「日本三景」「日本三美林」「日本三庭名園」「日本三急流」、日本アルプスも三つですね。
中学受験でも「男子御三家「女子御三家」もあります。最近では「共学御三家」なるものも一部で騒がれているそうです。
世界にも「世界三大スープ」なるものがあります。
今も家の押入れにしまいこんでいる野球のユニフォームの背番号も、実は33だったりするのです。もちろんラッキーナンバーも「3」です。
ラッコ横山
以前、『♪もしもしかめよ〜、かめさんよ〜♪』で始まる童謡の、この歌の背景についての議論がいろいろとされたことがありました。
「うさぎがかめに負けたのは、うさぎの油断だ。」とか、
「かめが目標に向かって一心不乱に取り組んだ結果だ。」とか、
「なぜこんな無謀な挑戦をかめはしたんだろう。」など、その他にもいろいろと考えがありました。
そのころは北野たけし監督の映画が常に話題になり始めたころで、以前彼がまだビートたけしとして毒舌を中心に活動しているころテレビのインタビューでこんな話をしていたのを思い出したのです。
「僕はステージの上からお客に向かって『お前達はシマウマで、おれはライオンだ。おれはお前達を食って生きているんだ。』と見栄を張るんですよ。でもなさけないじゃないですか。シマウマの群れが移動したら、ぼくはその後について行かなければ生きていけないんですから。」
これを聞いて私は、彼はお客がいて自分が生かされていることを常に意識しているんだと思いました。ですから彼の作る映画も、自分の主張を前面に押し出しながらも、どこかで観客のせめてここはこういう展開にして欲しいという部分も取り入れているのです。つまり観客にも花を持たせる部分を必ず取り入れているのです。これを思い出してからは、このうさぎとかめのかけ比べに関しても、“うさぎがかめに花を持たせたのだ”と考えることですべてつじつまが合うんだと考えていたのです。
でも今はこんなに堅苦しくは考えていません。これはうさぎとかめの遊びなのですから、勝ったり負けたりしてはじめて会話も遊びも成立するのです。あまり勝ち負けにこだわらずにいろいろなことを楽しめたらいいなと思っています。
カーネル笠井
難しいタイトルになってしまいましたが、
簡単にいうと相手に自分の考えを順序だって説明し、
わかってもらう文を書くことが出来る力のことです。
最近の子ども達の文をよんでいると
単語だけ、話し口調、助詞の乱用が目立ちます。
たとえば
「〜で、〜で、〜だから。」
「〜というか〜かもと思う。」
普段からきちんとした文にして会話するこが
大事だと思います。
福井
よく、死などの危機に直面したときに、過去の記憶が走馬燈のようにめぐりめぐって思い出されることがあると言いますが、実は私も同じような経験を何回かしたことがあります。一番良く覚えているものは30代半ばのときに経験したものです。
深夜になってしまった仕事帰りに、最寄駅からは自転車に乗って帰ったときのことです。交通量の少なくなった車道を自転車で横断しました。反対側の歩道は10cmほどの段差があって高くなっていました。いつもは、それくらいの段差は走りながら前輪を持ち上げて簡単に乗り越えていたのです。この日もそのつもりで歩道に向かって進んでいました。しかしこの日は、段差に向かって少しななめに進んでいたことと、ジャンプするタイミングが少しズレてしまったことで、前輪が段差に引っかかってしまい、ハンドルが大きく曲げられてしまったのです。当然自転車はそこにたおれ、乗っていた私は歩道の上にいきおい良く放り出されてしまいました。そのときです。
『かなりのスピードがあるな。このまま体が転がらないように手で支えると、手にかなりの負担がかかり、すりきず程度じゃすまないかも知れない。だったらむしろ柔道の受身のように左肩から入って一回転した方が安全だ。多少スーツはよごれるけれど仕方がない。』
といった内容のことを一瞬に頭の中で考えていたのです。内容はもっと断片的だったのかも知れませんが、後でもこれだけの内容があったことをはっきりと覚えていたのです。そして結果はそのときの予想通りにうまく一回転して止まったのです。たいしたすりきずもなく、スーツもそれほどよごれなかったのです。
すぐにどこからともなく一台のタクシーがやってきて止まりました。
運転手「お父さん、大丈夫ですか。何か手伝いましょうか。」
私「すみません。たぶん大丈夫です。」
運転手「あぶないですよ、気をつけてくださいね。それでは。」
と言って走り去っていきました。実はこのときの私は、転んだことよりも「お父さん」と呼ばれたことの方にショックを感じていたのです。自分ではまだまだ若いと思っていたのですが、回りから見ればしっかり「お父さん」といった感じなのでしょう。それに加え、やはり体力のおとろえも感じ、その後あまり無茶をしなくなるきっかけにもなる事件でした。
長く生きていると本当にいろいろな経験をするものです。
カーネル笠井
昨晩(正確には本日未明)深夜に遅い夕食をとりNHKで、前日このブログに書いた「JUDO」の再放送を見た後です。ニュースで最初の地震情報を放送していました。東京・横浜では小さな揺れだったようです。するとその時です。今度は自分の足下でゆっくりとした横揺れが始まりました。徐々に徐々に大きく揺れるとTVのアナウンサーもその揺れに反応し、「ただ今スタジオでも揺れを感じています」とコメント。と同時ぐらいに「緊急速報」で地震の警戒注意を促すアナウンスが出ましたが、残念ながら予告にはならず事後になってしまいました。しかも、その速報のあと、一旦ニュース番組が終わり、深夜の番組に変わったのです。現地では震度5という揺れにも関わらずNHKでニュース速報から一般の番組に変わることすら、まだ対応の課題があるようです。
幸い、東京・神奈川では大地震には至りませんでしたが、もしものことを考えると、緊急時の万全な対応が必要だと実感しました。
なお、生徒に聞いてみたところ、深夜の揺れに気が付いて起きた生徒はいなかったようです。きっと深い眠りの中で大船にでも揺られていたのでしょう。とっさの時、それもまた問題かも知れませんね。
ちなみに、今回の茨城県沖地震は、今年3月8日にマグニチュード5.3、昨年11月30日にもマグニチュード4.5の地震が続いていたところでした。
ラッコ横山
先日、低迷する日本「柔道」の特集番組に釘付けとなってしまいました。近年世界の舞台で苦戦を強いられている日本「柔道」の原因を探る、面白い企画でした。
結局、どこまでも一本勝ちに拘る日本「柔道」と、たとえ相手に技を投げられ倒れてまでも相手を返してポイントを奪うという、貪欲なヨーロッパ「JUDO」の違いを目の当たりにして驚きました。さらに、現世界チャンピオンのフランス人選手の言葉に愕然としました。
「たとえ自分の技が出せなくても相手のペースで試合をさせないこと。勝つことよりいかにして負けないかが大事なんだ。また、オリンピック以外の試合ではトップレベルの日本人選手に手の内を見せないことを意識している」と言っていました。
ヨーロッパで開催された世界各国選手の練習でさえも、日本人選手は練習を申し込んでも断わられるのです。徹底的に日本選手がマークされていたのでした。
しかしそれでも一本勝ちにとことん拘った井上康生選手の魂も素晴らしい限りです。
「応援してくれる人は自分の一本勝ちに期待している。だからどうしても一本勝ちにこだわってきた。」
井上選手の引退が「柔道」における新しい時代の到来を告げるようでもあります。
オリンピックではとことん勝ちに拘る日本「JUDO」が観られるかも知れません。
とても考えさせられた番組でした。
とことん1点にこだわる中学受験にも共通することです。
ラッコ横山
柏餅を食べられましたか。
今日は端午の節句、そして立夏でもあります。
俳句の季語はこの旧暦に即しているので
こいのぼり・吹流しなどこどもの日に関する言葉は
夏の季語になります。
昔はお祭りやこれらの行事が大きな楽しみで
季節の移り変わりを大事にしてきたのだと思います。
今はたくさんのレジャーや楽しみがありますが、
次の世代にも廃れることなく繋げていきたいものです。
我家は息子も成人していますから鯉のぼりはかざりませんが、
ベランダのプランターにミニ鯉のぼりのスティックをさしています。
福井
駅までの歩道の植え込みにはツツジがぎっしりと植えられていて、こぼれ落ちそうなほど沢山の花を咲かせ始めました。ちょっと足をのばした山間の団地の道路には、両側すべてに白い花のツツジが植えられていてとても見事です。この時期にはそこを車で走るのを毎年の恒例行事にしています。
わが家の窓から見える藤棚は、4月の中旬になっても一向に息吹く様子がなく、今年は花をつけないのかと心配し始めていたところ、ここ1週間であっという間に紫色の花の房と黄緑色の葉をつけてしまったのです。どこにあんなエネルギーがたくわえられていたのか、本当に不思議にさえ思えてきます。
この花に加えて今年さらに素晴らしいのは、団地内の違反駐車防止のために設置されたたくさんのプランターに植えられている花が、どれも素晴らしいことです。団地をひと回りすると、ちょっとした花のテーマパークにでも行った以上に数々の花が楽しめるのです。わが家が水やりを担当している3つのプランターにも、今はたくさんのパンジーとチューリップが咲いています。特にチューリップは30本近くも植えられていてとても見事です。
このプランターは私が団地の理事をしているときに、1人の理事の提案で設置したものです。「ベランダで育てる花だけでなく、みんなに見てもらえる所に花を植えたいと思っているお年寄りがたくさんいるはずだ。プタンターを設置して、ご自由にお使い下さいと広報しておけば、きっとみんなが花を植えてくれるはずだ。」という意見でした。この思惑通り、しだいに花が植えられるようになり、顔くらい大きなユリや、夏にはハイビカス、初めて見る大きくて見事な花など、四季を通して楽しめるようになりました。
私が理事をしているとき、もう1つ初めて開始されたことがあります。1人の理事の提案で300万円ほどの予備費というものが設定されたことです。「せっかく理事になって一生懸命にやろうとしても何の予算もなく、緊急で修理をしたいときでさえ総会を開かなくては何も決められない。多少自由に使える予算があって、何かあったときに緊急に対応できれば、そうすることで団地の資産価値も高くなるはずだ。」というものでした。こちらも思惑通り、この予算は主に団地の美化に使われているようで、住人からのちょっとした苦情や意見にすぐに対応できるようになり、いつもきれいに整った状態が続いています。長い人生経験を持つ人の計算はぴったりと当たるもののようです。
それに比べて最近の自民党のおえらさん達がインタビューなどで答える思惑がまったく当たらないのはどうしてなのかと考えてしまいます。もともと当てようという気がないのか、経験に基づかない思惑なのかのどちらかなのでしょう。もっと良い考えをもっている人もたくさんいるはずですから、ぜひそんな人の意見に耳を傾けて欲しいものだと思います。
カーネル笠井
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