今年の読書(52)『鏡の背面』篠田節子(集英社文庫)
Jun
8
同年代の作家ということもあり、『アクアリウム』をはじめ、『仮想儀礼』など実に緻密な構成で、背景に潜む社会問題、人間心理の描写に優れていますので、楽しみな作家の一人です。
本書も分厚い文庫本として、楽しみの時間が持続するかなと読み始めたのですが、いまひとつ着地点がはっきりしないまま読み終えました。
薬物やDVDや性暴力によって心的外傷を負った女性たちの施設「新アグネス寮」で発生した火災で、「先生」と呼ばれる「小野尚子」は2階に取り残された薬物中毒の女性「瀬沼はるか」と赤ん坊「愛結」を助けるためにスタッフの「榊原久乃」共に笑止してしまいます。スタッフがあまりに献身的な聖母と慕われた「小野尚子」にふさわしい最期を悼むなか、警察から遺体は「小野尚子」ではなく、連続殺人犯と疑われた「半田明美」だったとの衝撃の事実が告げられます。
10年ほど「新アグネス寮」にスタッフとして勤めていた「中富優紀」は、過去に「小野尚子」を取材したことのあるライター「山崎知佳」とともに、おそらく入れ替わったであろう20年前のすべての始まり、「1994年」に何が起こったのかを調べ始め、かつて連続殺人犯として「半田明美」を追っていたゴシップ記者「長嶋剛」にたどり着きます。
人間的に癖のある「長嶋」ですが、記者としてはすぐれており、彼の資料を基に「山崎」は、「小野」と「半田」の接点を求めてボランティアとして出向いていたフィリピンの教会まで出向き、「なりすまし」の真実を追い求めていきます。
老舗出版社の社長令嬢、さる皇族の后候補となったこともある優しく、高潔な「小野尚子」と連続殺人犯の希代の毒婦「半田明美」がなぜ「聖母」とまで言われる身代わりを20年間も演じ続けていたのかとの関係を追い求めるサスペンスが展開されていきます。
「半田明美」の誕生年著者と同じ昭和30年に設定しているだけに、事件の背景や社会情勢がリアルに描写されている印象でした。