<堤防決壊の常総市>
Sep
12
被害に遇われた住民の方々にお見舞い申し上げます。
毎日TV他、現地の惨状が伝えられ・・被害の大きさに驚いています。
小生は~、昭和40年代後半・・牛久町の工業団地薬90万坪・・伊奈村の住宅団地約70万坪の土地買収業務に関わり2年余り・・国立の事務所と現地を往復していました。
残念ながら買収業務は<オイルショック>に巻き込まれ・・半端な状態で中断しました。
報道で<鬼怒川沿いの常総市>と、言われても今一ピンとこなかった。
HPで調べてみたら・・旧水海道市を中心に周りの市町村が合併してできた・・
常総市でも・・各地でも度々める <新しい名称・・市役所の位置>で、二転三転して合併に至ったようだ・・
他府県に居住する者の立場からは <水海道>が一番知名度がありましたが・・
小生が走り回った<伊南村>も合併に参加して<常総市>になっていた。
当時も台風~大雨の時などに・・ <鬼怒川~小貝川>が暴れていました・・
鬼怒川は・・栃木県中部から・・利根川に合流する地点まで高低差が少ないので・・雨が降り止んだ後に <バックウオーター現象>で浸水していました・・
当時 <水田>だった川沿いにも・・多くの住宅地が形成されいてびっくりしました・・
小生は職業柄・・低地や埋め立て地は敬遠しています・・
大規模な造成をして土地の形状を変更しても <地下水の水路>は変わりません。
<福島原発>が模範です・・毎日大量の水が流れ込み苦労しています・・
こんな発言をすると <不動産業界の仲間>から苦情が出そうです。