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ぼくしのめがね

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子であることの祝福 Blessing of Sonship

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2014年5月4日日曜日礼拝 音声は、Youtube から、http://youtu.be/XTmf2t-VqGQ

出エジ20:12 

あなたの父と母を敬え。あなたの神、主が与えようとしておられる地で、あなたの齢が長くなるためである。“Honor your father and your mother, that your days may be long upon the land which the Lord your God is giving you.

Ⅰ列王19:21

エリシャは引き返して来て、一くびきの牛を取り、それを殺し、牛の用具でその肉を調理し、家族の者たちに与えてそれを食べさせた。それから、彼は立って、エリヤについて行って、彼に仕えた。

Ⅱ列王2:1-6 

主がエリヤをたつまきに乗せて天に上げられるとき、エリヤはエリシャを連れてギルガルから出て行った。2 エリヤはエリシャに、「ここにとどまっていなさい。主が私をベテルに遣わされたから」と言ったが、エリシャは言った。「主は生きておられ、あなたのたましいも生きています。私は決してあなたから離れません。」こうして、彼らはベテルに下って行った。3 すると、ベテルの預言者のともがらがエリシャのところに出て来て、彼に言った。「きょう、主があなたの主人をあなたから取り上げられることを知っていますか。」エリシャは、「私も知っているが、黙っていてください」と答えた。4 それからエリヤは彼に、「エリシャ。ここにとどまっていなさい。主が私をエリコに遣わされたから」と言った。しかし、彼は言った。「主は生きておられ、あなたのたましいも生きています。私は決してあなたから離れません。」こうして、彼らはエリコに来た。5 エリコの預言者のともがらがエリシャに近づいて来て、彼に言った。「きょう、主があなたの主人をあなたから取り上げられることを知っていますか。」エリシャは、「私も知っているが、黙っていてください」と答えた。6 エリヤは彼に、「ここにとどまっていなさい。主がヨルダンへ遣わされたから」と言った。しかし、彼は言った。「主は生きておられ、あなたのたましいも生きています。私は決してあなたから離れません。」こうして、ふたりは進んで行った。And it came to pass, when the Lord was about to take up Elijah into heaven by a whirlwind, that Elijah went with Elisha from Gilgal. 2 Then Elijah said to Elisha, “Stay here, please, for the Lord has sent me on to Bethel.” But Elisha said, “As the Lord lives, and as your soul lives, I will not leave you!” So they went down to Bethel. 3 Now the sons of the prophets who were at Bethel came out to Elisha, and said to him, “Do you know that the Lord will take away your master from over you today?” And he said, “Yes, I know; keep silent!” 4 Then Elijah said to him, “Elisha, stay here, please, for the Lord has sent me on to Jericho.” But he said, “As the Lord lives, and as your soul lives, I will not leave you!” So they came to Jericho. 5 Now the sons of the prophets who were at Jericho came to Elisha and said to him, “Do you know that the Lord will take away your master from over you today?” So he answered, “Yes, I know; keep silent!” 6 Then Elijah said to him, “Stay here, please, for the Lord has sent me on to the Jordan.”But he said, “As the Lord lives, and as your soul lives, I will not leave you!” So the two of them went on. 7 And fifty men of the sons of the prophets went and stood facing them at a distance, while the two of them stood by the Jordan. 8 Now Elijah took his mantle, rolled it up, and struck the water; and it was divided this way and that, so that the two of them crossed over on dry ground.

ルツ記 1:16 

ルツは言った。「あなたを捨て、あなたから別れて帰るように、私にしむけないでください。あなたの行かれる所へ私も行き、あなたの住まれる所に私も住みます。あなたの民は私の民、あなたの神は私の神です。But Ruth said: “Entreat me not to leave you, Or to turn back from following after you; For wherever you go, I will go; And wherever you lodge, I will lodge; Your people shall be my people, And your God, my God.

出エジ33:11

主は、人が自分の友と語るように、顔と顔とを合わせてモーセに語られた。モーセが宿営に帰ると、彼の従者でヌンの子ヨシュアという若者が幕屋を離れないでいた。So the Lord spoke to Moses face to face, as a man speaks to his friend. And he would return to the camp, but his servant Joshua the son of Nun, a young man, did not depart from the tabernacle.

日本から帰国しました。お祈りありがとうございました。行く前から、神様にずっと示されていたことは、子であることです。神様は、夢の中まででもこのことを語られました。
今日は、子であることの祝福と題して、私がアメリカで見ていること、また学んだこと、また日本で私が見て育ったこと両方から教えられたことからメッセージしたいと思います。
聖書にはいくつもの真理が書かれてありますが、私がミニストリーしている中で一番、よく考えさせられる真理は、

出エジ20:12

 あなたの父と母を敬え。あなたの神、主が与えようとしておられる地で、あなたの齢が長くなるためである。“Honor your father and your mother, that your days may be long upon the land which the Lord your God is giving you.

です。心の傷、家族関係、夫婦関係、ミニストリーにおいて、職場において、全てにおいてこの御言葉は、軸のようになっています。これを外しては、私たちにとって実りある生活がありません。皆さん方も、心当たり、経験があるのではないでしょうか。
今日は、家族関係や夫婦関係のお話しではなく、神の家族またミニストリーのお話ししたいと思います。

神様は、十戒において、神様を愛する掟と人を愛する掟と二つのカテゴリーの戒律を与えましたが、人を愛する掟の中の一番初めにでてくるのが、「父と母を敬う」ということです。これは、全ての人間関係の基礎であります。また、これは、神の祝福と恵みが流れるデザインです。父から子に流れるというシステムを神様はおつくりになりました。

私たちは、完全に一人で生きていくように作られていません。父母から生まれ、養われる様に作られました。野生の人間というのはいません。
また、神様ご自身も三位一体の神であり、父なる神、子なる神、聖霊なる神で一つの神様です。三位で一体の神様です。私たちの神様は、この三つの立場がいて完全に一致しているのです。互いに服従し、尊敬し、愛し、完全なハーモニーを持って一つのことをしておられるのです。

神様ご自身の在りようがこのようなのです。考えてみてください。二人が一致するのではありません。私たち人間は、二人が一致するのも難しいです。結婚されている方、分かりますね。これが、3人で一致するにはなお難しいことです。しかし、神様と言うお方は、初めから永遠まで、このようなお方なのです。
神様は完全に聖い方です。

そこに無くてはならないものは、敬意と愛です。

私たちのモデルは、イエス様

イザヤ9:6 

ひとりのみどりごが、私たちのために生まれる。ひとりの男の子が、私たちに与えられる。主権はその肩にあり、その名は「不思議な助言者、力ある神、永遠の父、平和の君」と呼ばれる。For unto us a Child is born, Unto us a Son is given; And the government will be upon His shoulder. And His name will be called Wonderful, Counselor, Mighty God, Everlasting Father, Prince of Peace.

[イエス様」という名前の中に、「不思議な助言者、力ある神、永遠の父、平和の君」という名前が凝縮されています。
イエス様は、「子」であり、「父」である。イエス様は、私たちに完全なお手本を示された。

★そして、イエス・キリストによって、私たちもこの交わりに入れられた。

ロマ8:14-17  

神の御霊に導かれる人は、だれでも神の子どもです。15 あなたがたは、人を再び恐怖に陥れるような、奴隷の霊を受けたのではなく、子としてくださる御霊を受けたのです。私たちは御霊によって、「アバ、父」と呼びます。16 私たちが神の子どもであることは、御霊ご自身が、私たちの霊とともに、あかししてくださいます。17 もし子どもであるなら、相続人でもあります。私たちがキリストと、栄光とをともに受けるために苦難をともにしているなら、私たちは神の相続人であり、キリストとの共同相続人であります。14 For as many as are led by the Spirit of God, these are sons of God. 15 For you did not receive the spirit of bondage again to fear, but you received the Spirit of adoption by whom we cry out, “Abba, Father.” 16 The Spirit Himself bears witness with our spirit that we are children of God, 17 and if children, then heirs—heirs of God and joint heirs with Christ, if indeed we suffer with Him, that we may also be glorified together. 

★神様は、子であることを通して、私たちを祝福してくださいます。

アメリカでは、現在八十代半ばの人たちの時代から離婚は当たり前のような世の中になっていました。私たちの二世代、三世代先を行っているわけです。そして、クリスチャンであってもそうでなくても、どこに属していいか分からない人が多いです。孤児精神を持った人が多いです。ですから、クリスチャンになっても、なかなか人が信頼できない、深く根ざせないことが多々あります。
また、教会自体の文化も、メガチャーチを目指す、シーカーセンシティブムーブメント(求道者フレンドリー、マーケティング型教会形成)の流行により、弟子訓練の形が箱型になりました。プログラム中心、教室型、いろいろなクラスを持つ。求道者が求めている知識の提供中心。師弟関係、メンターシップ、霊の親子関係による弟子訓練の形が薄くなりました。
アメリカでは、毎月、1700人もの牧師が辞めて行っているという統計が出ています。シアトルでも、入れ替わりが激しいです。また、信徒たちもまた、入れ替わりが激しいです。日本の様に救われた教会に身体の一部として留まるという考えは、非常に薄く感じます。それもアメリカ人が持つ孤児的精神と、深く人に関わらない教会ではなく、教室化してしまった教会文化が影響していると思います。
また少し前に流行ったのは、インパーテーションと言う言葉です。分与するということですが。人々は、偉大な賜物の豊かな働き人に手を置いて祈ってもらう。そして、霊的遺産を分けてもらう的なことです。多少の祝福は受けると思いますが、それによって、安定した歩みをして、安定した成長を遂げた人は見たことがありません。
また日本でも、いろいろなムーブメントが国内外から入っているようです。

皆さん、神様の祝福は、天国の霊的遺産は、敬意と愛の関係から引き継がれるものなのです。霊的な父、母から受け継がれていくものなのです。
アメリカの個人主義(自分の責任で自分にいいものを選んでいく )にならってはいけません。

父と子の関係を失ってはいけません。

私は、過去7年の間に多くの人たちが教会を去るのを見てきました。みな、牧師に躓いた、リーダーに躓いたといって教会を出て行きます。この教会のこれがいやだ、ここがだめだと言って出て行きました。とても心が痛みました。
また、私たちのカレッジのある学生は、とても素質のあるいい兄弟でしたが、霊的父を求めて、あちこちわたりました。私たちのところにしばらくいて、もっと有名な、大きな教会の先生のところで霊的子どもにしてもらおうと、他州にまで引っ越しました。しかし、そこでも続かず、いまだに霊的父はいません。
献身者として素質がある人なのに残念でなりません。

◎ キリストも弟子を選んだ。弟子がキリストを選んだのではなかった。私たちが、父を探し選ぶのではない。私たちがおかれたところで、召されたところで、父に従い、敬うことを選んでいくのだ。

ヨハネ15:16

あなたがたがわたしを選んだのではありません。わたしがあなたがたを選び、あなたがたを任命したのです。それは、あなたがたが行って実を結び、そのあなたがたの実が残るためであり、また、あなたがたがわたしの名によって父に求めるものは何でも、父があなたがたにお与えになるためです。You did not choose Me, but I chose you and appointed you that you should go and bear fruit, and that your fruit should remain, that whatever you ask the Father in My name He may give you.

★ 何が必要か。子である資質。
父を愛する。(父を慕う) 
共に歩むことを自分が選ぶこと。(義務感や強いられてではない)
“子”である父を見続ける。父の従ってる神を見続ける。
どんなことがあっても躓くことを拒否する。No offense

★ 聖書に見る霊的父と子の例
エリヤとエリシャ  
モーセとヨシュア
ナオミとルツ
この三人は、父から離れなかった。慕い求めた。父の信じている神を敬った。傷つかなかった。

★ 敬うことについて。honor 
私たちは、神を敬うところに祝福の継承の鍵があることを忘れてはならない。また、互いに私たちがオナーすることを通して見えない霊的祝福が注がれることを。

ダビデは、神を敬ったから、王位がとこしえに続くと言われた。イエスの誕生に完全に達成された。
豊村先生の信仰と祈りの生活。祈りが聞かれなくても本望だ。と言われた。それは、祈り信じ続けることで神様に敬意を表している。
順子先生の信仰。徹夜して、ノア・エ・アンのお膳を用意する姿。若い時は、理解できなかった。先生は、人が手伝っても手伝わなくても、同じ立派なお料理を準備された。それは、神をオナーしているから。神を愛しているから。
私は、それをみて、育ったのです。そして、今も、その後姿について行っているのです。
そして、このような霊的父母を持って、幸せだといつも感謝しています。

★ 父母を見続けること。また後に続くこと。

エリシャは、エリヤが天に昇るのを見たら、二つの分の霊がもらえると言われた。彼は目を離さずに見続けた。そして、エリシャは、エリヤよりも大きな業をするようなものになった。
これが、私たちの弟子訓練の姿です。キリストを敬っている師の姿を見続ける。追いかける。その先の、敬意を受けているイエス様を見続ける。
そして、それをしている私たちの後ろにもついてくる弟子ができる。

日本で、私の霊の父に会い、牧雄君、ちえちゃんの霊の父たちに会いました。みな素晴らしい父でした。私たちは、このような財産をいただいている。
私の牧師は、今日で70歳。彼曰く、これからどれだけ生きてミニストリーができるか分からないが、後身の神に仕える姿が励みだと言われた。
私は、霊の父に習って、さらに主に仕えていきたいと思う。

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落胆から勝利へ Strengthen yourself in the Lo

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2014年4月13日日曜日礼拝

音声は、youtube から http://youtu.be/HJvMy3y1b9M

Ⅰサムエル30章1-9, 18-19

●ダビデの落胆

 ダビデは、サウルの手から逃れるために、ペリシテ人のところに逃げました。そして、イスラエルとの戦いのときになって、ダビデたちは、アキシュについていくつもりでしたが、ペリシテ人の中に反対の声もあり、留まることになりました。そして、ダビデは、自分たちの町ツィケラグに戻されました。戻ってみると、守りが手薄になっていた町を、アマレク人が襲い、家畜だけでなく、妻たちや子どもたちまで全てを奪い去っていたのです。

v4ダビデも、彼といっしょにいた者たちも、声をあげて泣き、ついには泣く力もなくなった。Then David and the people who were with him lifted up their voices and wept, until they had no more power to weep.

v6a ダビデは非常に悩んだ。民がみな、自分たちの息子、娘たちのことで心を悩まし、ダビデを石で打ち殺そうと言いだしたからである。Now David was greatly distressed, for the people spoke of stoning him, because the soul of all the people was grieved, every man for his sons and his daughters.

ダビデは、非常に落胆しました。声も出なくなるほど泣き明かしました。泣く力もなくなるほどに泣きました。そして、ついに民がこのことでダビデを恨んで、ダビデを石打にしようとしたのです。
ダビデは、非常に悩みました。

●ダビデの秘訣

ダビデは、非常に悩みましたし、落胆しました。自分のいなかったことで自分の妻や子ども、部下の妻や子どもや財産にとんでもないことが起きてしまった。そして、自分の身も危ないことに。。。
私たちも、このような危機的な状況。落胆してしまうことがあるのではないでしょうか。
私たちは、いつも物事を他人の性にします。責任転嫁は、どうやらアダムとエバのころからの人間の罪の性質のようですね。
私たちは、悪いことがおきると、あれが悪いこれが悪いと自分外の外部のせいにし、また落胆すると、あれがあったら、これがあったらと、助けや励ましを外部に見出そうとします。
しかし、心の持ち様というのは、私自信に責任があるのです。落胆するのも、心が元気でいるのも、自分の選択なのです。恐れも恐れないのも自分の自由なのです。

v6bBut David strengthened himself in the Lord his God.しかし、ダビデは彼の神、主によって奮い立った。

ダビデは、自分で自分を主にあって励ましたとあります。自分で自分の心を神様にあって引き上げたのです。
これができるなら、私たちの人生に何も恐れるものはありません。結局心の持ち様で私たちは自滅に追い込まれるのです。

今日は、ダビデがどのように自分自身を主にあって励ましたのか、彼の人生や詩篇の中にでてくる彼の傾向から、見て行きたいと思います。

まず、第一前提に、ダビデは、「彼の神、主によって」とあることに注目したいと思います。私たちが自分自身を奮い立たせ、落胆のどん底から這い上がるためには、神様が必要なのです主にあって、自分を励ますというのは、神様との関係があってこそできるということなのです。

私は、いつも繰り返しいいますが、自分と神様とのヒストリーは人の力や他人が助けることはできないのです。あなたが今までどう神様と関係を持ってきたかによるのです。

あなたは、神様と関係がありますか。愛と命の通う関係を築いていますか。

ダビデがその神様との関係で習得したのが次ぎの五つです。もっとあると思いますが、大きくまとめて五つとしましょう。

① 賛美と礼拝praise, worship,

詩篇の中ではよく「(わがたましいよ)主をほめたたえよ」と出てきます。

詩篇22:3 
But You are holy, Enthroned in the praises of Israel.今いる場所を主の御座に変える。

主が来られたら、そこに神の御国が来ている。神の御国には、正義があり、恵みがあり、病、悲しみはない。その神の御国が今いる苦しみに解き放たれていくのです。

☆また、私たちの頭は、いろいろと物事を分析しようとするが、分析は、ともすると問題を過大視しやすい。礼拝は、神を何よりも大きく見ることである。頭でおきいている戦いから解放されることができる。

詩篇24:7,8
門よ。おまえたちのかしらを上げよ。永遠の戸よ。上がれ。栄光の王が入って来られる。8 栄光の王とは、だれか。強く、力ある主。戦いに力ある主。Lift up your heads, O you gates! And be lifted up, you everlasting doors!
And the King of glory shall come in. 8 Who is this King of glory? The Lord strong and mighty, The Lord mighty in battle.

☆私たち新約の聖徒のためには、異言で祈り、自分の霊を建てて上げ励ますこともできる。
Ⅰコリント14:4異言を話す者は自分の徳を高めますが、預言する者は教会の徳を高めます。He who speaks in a tongue edifies himself, but he who prophesies edifies the church.

② 感謝の心Giving thanks,

詩篇の中で、何回「主に感謝せよ」と書いてあることでしょうか。

詩篇100:4 
感謝しつつ、主の門に、賛美しつつ、その大庭に、入れ。Enter into His gates with thanksgiving, And into His courts with praise.

感謝にはものごとを聖める力がある。パウロは食前の感謝の祈り食べ物を聖めるという。これは、この食物を神のために聖め(神のために取り分けるの意)、神の聖い目的を達成することができるようにするもの。身体にとって清潔にする以上に、神の力が働くものにする。

また、感謝は、正義を解きはなつ窓口。モルデカイは、もう少しの所でハマンにおとしめられ殺されるところであった。しかし、王がモルデカイに対して感謝をすることに決め、助かった。

感謝は、私たちの環境よりも、神様に焦点を当てさせ、そして、天の御国の現実をもたらすことができる。感謝は天国の世界を引き寄せる。

③ 神の約束を握るstand on His promise,

あなたは何者で、どこから来て、そして、どんな使命を持っているのか。神様にあってしっかり知っているか。もしも、その使命が全うされていないならば、まだまだ自分の人生は完成ではない。
なぜ神様の約束を握れないか。という問題の本質は、約束までほど遠く見えるとか、約束の成就のためにあれが足りない、これが足りないという考えに支配されていること。それよりも、むしろ、神様の約束に今日どのように応答するかということ。あなたは、今日、神の約束に対して応答してどのようなアクションをしますか?

④ 証しを持つtestimony,

詩篇には、「主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな」また数々の主の業が記されている。

ヘブル語で、証しの語源は、「もう一度行う」という意味。”do it again”

黙示録19:10 イエスの証しは預言の霊。For the testimony of Jesus is the spirit of prophecy.”

預言は神様のことば。証しを聞いた人たちがそれと同じことを期待する信仰を引き起こす。そして、その証しを受け取ったものは、それを体験する。よく癒しの証しを聞いている人で同じ問題のある人が励まされた瞬間に癒されることがある。
私たちは、なおさら、自分の過去の証しを大切に、そして、自分にも他人にも語る必要がある。

⑤ 神の声を聞くlistening to God’s voice 

ダビデは、自分を主にあって励まし、そして主に伺った。

30:8 ダビデは主に伺って言った。「あの略奪隊を追うべきでしょうか。追いつけるでしょ うか。」するとお答えになった。「追え。必ず追いつくことができる。必ず救い出すこ とができる。」So David inquired of the Lord, saying, “Shall I pursue this troop? Shall I overtake them?” And He answered him, “Pursue, for you shall surely overtake them and without fail recover all.”

 そして、彼は、シンプルに従った。
ダビデは、神の声を聞く、そしてそれに従うという訓練をし続けていた。その中で数々の証しを持つようになった。

●ダビデの勝利

v19彼らは、子どももおとなも、また息子、娘たちも、分捕り物も、彼らが奪われたものは、何一つ失わなかった。ダビデは、これらすべてを取り返した。And nothing of theirs was lacking, either small or great, sons or daughters, spoil or anything which they had taken from them; David recovered all.

ダビデは、神のおっしゃることを信じて、そのとおりに行って、何も失うことがなく、すべて取り返すことができた。
私たちは、時々、苦しみと悲しみの中で、落胆しきってしまうことはないですか。また、その洞穴のようなところで、いつまでもとどまり、それが、自分の生活やアイデンティティの一部になることはないでしょうか。

今日、ダビデのように、自分で自分を励ましましょう。そして、方向転換をしようではありませんか。あなたの人生がたて直る全ての要素は、もう神様にあって備えられているのです。

神様は、あなたたとともにおられます。さあ、まず神様との関係をたて直しましょう。


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サウルの最後の”神頼み” Saul seeks help in foxholes

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2014年4月6日日曜日礼拝メッセージ

音声録音版は、Youtube から、http://youtu.be/e0Me6kAVlzI

Ⅰサムエル28:3-20 を読みましょう。

場面説明:
v1 そのころ、ペリシテ人はイスラエルと戦おうとして、軍隊を召集した。Now it happened in those days that the Philistines gathered their armies together for war, to fight with Israel
V5 サウルはペリシテ人の陣営を見て恐れ、その心はひどくわなないた。When Saul saw the army of the Philistines, he was afraid, and his heart trembled greatly.

★主の声が聞こえなかった

サウルには、この危機的な時に問題がありました。それは、神の声が聞こえなかったことです。

V6 And when Saul inquired of the Lord, the Lord did not answer him, either by dreams or by Urim or by the prophets. それで、サウルは主に伺ったが、主が夢によっても、ウリムによっても、預言者によっても答えてくださらなかったので、

夢は、昔から神様が人々に啓示を与えられるために用いられた。またウリムもトンミムとともに大祭司の胸当ての中に入れられて、神意を伺うために用いられた。預言者は、神の言葉を聞いてそれを伝える人。どんな手段によっても主の言葉は得られなかったという。

☆なぜ、サウルは主の声が聞こえなかったのだろうか。

①  継続的な罪があった。

サウルは、ダビデを自分のねたみゆえに殺そうとしていた。
継続的、習慣的な罪を持つということは、とげとげのついたボールを転がすとそれが丸く滑らかになっていくように、心も罪対して鈍感になり、聖さに対しても鈍感になる。聖い神様の声がたとえ発せられても、それに気づくことはなくなる。

②  神の言葉は、神の言葉を拒絶するものには聞こえない。

サウルは、神の言葉に従わないことを選んだ。一度だけの過ちではなかった。それ故に、王位から退けられることに。神の言葉を、えり好みして受け取ろうとするものに神のみ心は分からない。自分にとって痛い言葉でも、慰めの言葉でも、癒やしの言葉でも、全て受け取るべきだ。

☆霊媒について  Medium, psychic, channeling

そして、サウルはとうとう、自分が禁じて押し出していた霊媒師を頼り、探すようになった。
霊媒師とは、偽の預言者といってよいだろう。全くのcounterfeit 。預言は神の霊によって。しかし、霊媒は、悪霊によって。
霊媒、口寄せは、チャネリングであり、オカルトの一種である。
Tarot cards,タロット palm readers手相, horoscopes星座占い, Ouija Boards  易者、占い、カード占い、全ての占い、コックリさん、キューピットさんなどの霊能術 全て聖書は禁じている。クリスチャンや、そうでない人も、これらに関わらないように。
聖書は、このオカルトに対して厳しく禁じている。

レビ19:31
あなたがたは霊媒や口寄せに心を移してはならない。彼らを求めて、彼らに汚されてはならない。わたしはあなたがたの神、主である。‘Give no regard to mediums and familiar spirits; do not seek after them, to be defiled by them: I am the Lord your God.,

レビ 20:6
霊媒や口寄せのところにおもむき、彼らを慕って淫行を行う者があれば、わたしはその者から顔をそむけ、その者をその民の間から断つ。‘And the person who turns to mediums and familiar spirits, to prostitute himself with them, I will set My face against that person and cut him off from his people.

レビ20: 27
男か女で、霊媒や口寄せがいるなら、その者は必ず殺されなければならない。彼らは石で打ち殺されなければならない。彼らの血の責任は彼らにある。‘A man or a woman who is a medium, or who has familiar spirits, shall surely be put to death; they shall stone them with stones. Their blood shall be upon them.’”,

申命記18:9-14

◎ なぜ、霊媒と関わらない方がいいのか。

霊媒は、背後に悪霊が働いていて、私たちが占ってもらったりして関わることで、背後にいる悪霊と契約関係ができる。すなわち、私の人生をどうぞ操ってくださいという契約を結んでいることとなる。この契約は、悪霊の目的、殺す、盗む、壊すために用いられる。

◎ なぜ、当たるか。

悪霊は、あなたの行動を観察していて、あなたの日ごろの言葉も聞いている。あなたのマインドは読めない。読めるのは神様だけ。偏在もできない。しかし、事実は見て知っているからそれを言ってくる。そして、あなたはその霊媒の力を信じてしまう。しかし、神の霊ではないので、完全ではない。この霊媒師は、サウルへの神の裁きの宣告をもう一度言ったが、サウルの死に対する予言は当たらなかった。サウルはペリシテ人に殺されたのではなく、自分で自分を殺したのだ。

聖書は、霊のことは、霊しか分からない。と言っている。

1コリント2章9 -11

まさしく、聖書に書いてあるとおりです。「目が見たことのないもの、耳が聞いたことのないもの、そして人の心に思い浮かんだことのないもの。神を愛する者のために、神の備えてくださったものは、みなそうである。」 神はこれを、御霊によって私たちに啓示されたのです。御霊はすべてのことを探り、神の深みにまで及ばれるからです。 いったい、人の心のことは、その人のうちにある霊のほかに、だれが知っているでしょう。同じように、神のみこころのことは、神の御霊のほかにはだれも知りません。But as it is written: “Eye has not seen, nor ear heard, Nor have entered into the heart of man The things which God has prepared for those who love Him.” But God has revealed them to us through His Spirit. For the Spirit searches all things, yes, the deep things of God. 11 For what man knows the things of a man except the spirit of the man which is in him? Even so no one knows the things of God except the Spirit of God.

私は、これは、サムエルを装った悪霊が話しているというふうに信じています。

もしも、過去にこのような霊媒の類に関わったことがあるなら、悔い改め、悪霊との契約を解除してください。

神への反抗はオカルトの霊 「まことに、そむくことは占いの罪」Ⅰサムエル15:23

☆ あなたは、神が沈黙されている時どうしますか?

  勧め   

悔い改める必要のある罪があるかないか聖霊様に聞く、悔い改める。継続的な罪、盲目的に犯している罪がないか。悔い改める。そして、一番最後に神様が下さった言葉に帰り、そこからやり直す。サウルの場合は、不従順を悔い改めることができたはずだ。また、罪の問題が解決したなら、聖書にあるように、自分の業に頼らず、静まって神様を待つことです。

詩篇46:10

「やめよ。わたしこそ神であることを知れ。Be still, and know that I am God; 主が沈黙されている時こそ、私たちが自ら神を選んで信じる、信仰の時です。

★サウルの恐れ

   ここでも、恐れがどんなことを成すか見てみよう。

恐れは、そもそも罪からくる。

1ヨハネ4:18

愛には恐れがありません。全き愛は恐れを締め出します。なぜなら恐れには刑罰が伴っているからです。恐れる者の愛は、全きものとなっていないのです。There is no fear in love; but perfect love casts out fear, because fear involves torment. But he who fears has not been made perfect in love.

刑罰は、罪からくる。

サウルは

①  主の沈黙に対して恐れた…罪があったから神様とのまっすぐな関係なかった。 V6それで、サウルは主に伺ったが、主が夢によっても、ウリムによっても、預言者によっても答えてくださらなかったので、And when Saul inquired of the Lord, the Lord did not answer him, either by dreams or by Urim or by the prophets.

②  自分の恐れと罪故に、自分を隠した。変装した。自分にマスクをかけた。V8サウルは、変装して身なりを変え、ふたりの部下を連れて、夜、その女のところに行き、そして言った。「霊媒によって、私のために占い、私の名ざす人を呼び出してもらいたい。」So Saul disguised himself and put on other clothes, and he went, and two men with him; and they came to the woman by night. And he said, “Please conduct a séance for me, and bring up for me the one I shall name to you.”

③  恐れ=裁きに対する恐れは、サウルを棒のようにした。Paralyzed  v20 すると、サウルは突然、倒れて地上に棒のようになった。サムエルのことばを非常に恐れたからである。それに、その日、一昼夜、何の食事もしていなかったので、彼の力がうせていたからである。Immediately Saul fell full length on the ground, and was dreadfully afraid because of the words of Samuel.

☆ 恐れからの解放は、イエス様の義による

恐れが、罪とその刑罰に結びついていることが分かるだろう。私たちは、人間は、罪と裁きの問題から解放されているなら、恐れはない。神様に出会う前、漠然とした恐れに脅かされていた。恐れと不安がいつもついて回っていた。しかし、神様にであって、恐れがなくなった。神の完全な愛が私を満たすので、恐れは逃げ去ったからだ。あなたは、恐れから解放されいるだろうか。イエス様の義の中に入ってください。

★神をもたない人・サウルの人間関係

   「サムエルさえいてくれれば、どうにかなる」という気持ちもあって、霊媒師にサムエルを出してくれと頼んだのだろう。このサウルの行動が明らかにする真実がある。
それは、サウルは、最後まで、神との関係が分からなかったということだ。サムエルが死んだ後でさえ、人間サムエルを求めていた。
サウルは、本当にサムエルを尊敬していた。

V3 サムエルが死んだとき、全イスラエルは彼のためにいたみ悲しみ、彼をその町ラマに葬った。サウルは国内から霊媒や口寄せを追い出していた。Now Samuel had died, and all Israel had lamented for him and buried him in Ramah, in his own city. And Saul had put the mediums and the spiritists out of the land.

V11 すると、女は言った。「だれを呼び出しましょうか。」サウルは言った。「サムエルを呼び出してもらいたい。」Then the woman said, “Whom shall I bring up for you?”And he said, “Bring up Samuel for me.”

サムエルは、サウルを愛していたことが、前のメッセージにも語ったように、生前の彼の行動に表されている。
しかし、サウルには、真の神様との関係がなかったために、サムエルとの真の師弟関係がなかった。神様との関係がなかった故に、サムエルの言ったこと、教えたことが理解できなかった。サムエルが打っても、一向に響かない弟子であった。そこに、一致がなかった。

みなさん、教会の一致も同じです。教会は、牧師の人間的な力で一つの方向に向かっていくのではありません。また、人間的に働きかけて、みな同じ意見を持つように促して一致するものではありません。神の霊によってです。すなわち、一人ひとりが神にしっかり繋がり、神様と関係を持つことで、おのずと一つの方向に向く、向かっていけるのが教会の一致です。
しかし、鍵は、一人ひとりが神に向くことです。
神との一致なしに人の一致はありません。

サウルは、最後まで、神様との関係がありませんでした。

まとめ

私たちは、今どこにたっているでしょうか。神様との関係があり、愛の中に留まっているなら、恐れは締め出されることが分かりましたね。また、サウルの例から継続的な罪は、神の声を聞こえにくくすることが分かりました。今日、いろいろな事を語りましたが、それぞれ神様に示されたことに応答して祈っていきましょう。


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REFERENCE BOOKS @Empower Seminar

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REFERENCE BOOKS

心の癒やしと解放セミナーの参考文献です。上の二冊は日本語版があります。後は、英語になりますが、アマゾンを通して購入できます。


内なる人の変革   マルコーシュパブリケーション John & Paula Sandford
   (The Transformation of The Inner Man Victory House Publishers)

家族の回復     マルコーシュパブリケーション John & Paula Sandford
         (Restoring The Christian Family Charisma House)

Restoration The Foundations  Proclaiming His Word Publication
Chester & Betsy Kylstra

Sozo Training Manual       Bethel Transformation
    Dawna Desilva & Teresa Liebscher

The Bondage Breaker       Harvest House Publishers
     Neil Anderson

10 Curses That Block The Blessing Whitaker
Larry Huch

Relentless Generational Blessings    Plumbline Ministries
Arthur A. Burk

Be a Bondage Breaker
Doug & Kerry Smith


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5 成長の鍵 Empower Seminar

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成長の鍵  |FIVE

録音版は、Youtube にて。リンクは、http://youtu.be/f26iJAswHvY

いかがでしたでしょうか。このセミナーで神様からいろいろと示されたり、聖められたりしたのではないでしょうか。癒やしや成長を保つために、今日は、いくつかのことを紹介したいと思います。

三位一体の神との関係

私たちの神は、父なる神、子なる神、聖霊なる神の三位一体の神であり、この三位一体の神は、互いに従い、互いに尊敬しながら交わりを持ちながら存在しています。私たちも、神の似姿に造られた者ですから、交わりなくしては、生きていけません。また、交わりなくしては、人としての成長もありません。私たちは往々にして、自分の両親、兄弟との関係を他の人間関係や神との関係に投影させます。私たちは、今まで、三位一体の神と個々に交わることは強調されませんでした。しかし、三位のどの神と一番関係が深く、どの神と関係が希薄であるかということから、その人の傷を測ることができます。あなたは、いかがでしょうか。


父との関係

地上での父の役割は、身体のための必要を満たすことです。食べ物、着る物、住む場所を備える。身体の正しい境界線を教える。守りを与える。また、父は、それぞれの子どもにアイデンティティを分与します。息子たちは、一人の男性になっていく時に、父からどんな風に関わってもらい、言葉をかけてもらったかなどによって、自分の男性としての能力を知るようになる。娘たちは、父が自分をどう扱ったか、何を言ったか、どう関わったかによって、女性としての自分の価値を測るようになる。育っていく中で、父親との関わりが希薄な場合、自分が何者であるかということに混乱をきたし、ひいては、キリストにあるアイデンティティをどうつかんでいいのか分からないということになる。
キーワード:身体、アイデンティティ、安心感、守り


兄弟姉妹、友達との関係

地上の兄弟姉妹や友達というのは、コミュニケーションと交友のニードを満たすものです。そして、成長するごとに、心の深みや秘密を分かち合うのも友達ではなかったでしょうか。社交的な会話によって、友達と、つながり、ともにすごす時間を楽しみます。聖書は、イエス様は、私たちと交友関係にあり、私たちの親友であると言います。イエス様が私たちのために十字架で死んでくださった愛ゆえに、私たちは、三位一体の中で一番イエス様に感情的につながりやすいのではないでしょうか。しかし、いじめの経験や、兄姉にコントロールされた経験から、イエス様が怖いと思い込んでいるクリスチャンもいます。
キーワード:魂soul、コミュニケーション、交友


母との関係

地上の母は、慰めや養いの必要を満たす役割を持っています。怪我をしたり、心が傷ついたときに一番に駆け込んでいくのは、母のところです。そして、母は、いつも子どもたちの「なぜ、なぜ?」という質問を一番多く受け、答えをあげます。もしも、この母が忙しすぎて、これらの必要に十分応えられなかった子どもはどうなるでしょうか。聖霊様は、忙しいので、自分のためになど時間を割いてはくれないと思い込んでしまうのです。もしも、支配的で、子どもの自由を奪ってまで、自分の好みや意見を押し付ける母だったらどうでしょうか。聖霊様に寄り付かなくなります。その方が安全だと判断するからです。なぜなら、この方を満足させるのは不可能だと思っているからです。
キーワード:霊、慰め、養い、教え


私の証し


みなさんは、いかがでしょうか。今回のセミナーで、様々なところが触れられたと思います。私は、父の愛が必要だ。と思われる方は、ぜひ、父なる神様のふところで休みを得る体験をしてください。イエス様、聖霊様も同様です。自分が地上の人間関係から幼いころ受けてない部分について、神様は、完全に満たし、回復してくださいます。ぜひ、父なる神、イエス様、そして、聖霊様と関係を築いてください。
ソーキングと静止の時(クワイエットタイム)、聞く祈り(リスニングプレイヤー)の奨め


クリスチャンの権威

今まで、学んで来られて、いかに、私たちが真理ではなく、敵のうそに惑わされ、縛られていたかが分かると思います。癒やしを保ち続けるのに、一番大切なことがあります。それは、自分の権威を知ること。そしてまた、それを行使することです。敵のリーガルライトを無効にした以降、敵は、またやってきて、私たちの心をつっきます。それは、私たちが手放したリーガルライトを取り戻しにくるのです。そして、つっつかれることで、私たちがまだ癒やされていないと錯覚することを目的としてます。聖書にも、“いわれの無い呪いはない”とあります。無効にしたものに対して、襲ってくる敵には、頑として拒絶するべきです。私たちが心を揺るがされず、敵の存在も無視していると、敵は戻ってきません。時間の無駄だからです。それでは、私たちの、権威についておさらいしてみましょう。


権威とは

権威とは、他の者を服従させる威力です。

この世の最高権威は、神です。神によって世界が造られ、全ては神のものであり、神によって治められているからです。創世記1:1,ロマ13:1,コロサイ1:16-17、マタイ28:18


罪による権威の譲渡

私たちの権威はどうなっているのでしょうか。
初めの人アダムとエバは、神から地を治める権威を与えられました。(創世記1:26-29 海の生きもの、空の鳥、地に住む生きもの、地を這う生きもの、地に生える植物、木、木の実)しかし、アダムとエバは、神ではなく、サタンに聞き従い善悪の知識の実を食べました。そして、彼らは、サタンに聴き従うことによって、サタンに権威をあげたのです。すなわち、自分の上に権威があるのは、神とするのでなく、サタンとしたのです。以来、サタンは、この世の君としてキリストが来られるまで君臨してきました。


義人であること

しかし、キリストの十字架の贖い、死と葬りと蘇りのゆえに、誰でも、キリストを救い主として信じる者は、この権威を取り返す、いや、これ以上の権威を受けることができるのです。
それには、神に義とされることが必要です。義とはなんでしょうか。裁判において、無罪とされることです。罪がみとめられないことです。私たちは、キリストによって、義とされます。キリストに罪を告白し、悔い改めるなら、神の目には、義とされます。一切、罪が見当たらないようになります。神とっては、西から東が遠いように、私たちから罪を遠く遠ざけ、もう思い出すこともないとさえおっしゃいます。
その神の義にしっかりと立つこと。これが、重要です。
もちろん私たちは、未熟であったり、失敗を犯すものです。けれども、義というのは、イエス・キリストとの正しい関係において認められます。すなわち、キリストに対し、正しい謙遜をもって悔い改めるなら、あなたは、義なのです。
自分が義人であることを忘れないでください。


私たちに現在与えられている権威

さて、堕落後、キリストによって私たちに回復された権威とはいかなるものでしょうか。実は、堕落前、アダムとエバにゆだねられていた権威よりも増しているのです。

マタイ28:18-20

イエスは近づいて来て、彼らにこう言われた。「わたしには天においても、地においても、いっさいの権威が与えられています。それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、 また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。」
現在の私たちの権威とその責任は、キリストをこの世に現すほどであるのです。そして、イエス様が私たちに成せといわれることが達成できるために与えられているのです。


ヨハネ14:12

まことに、まことに、あなたがたに告げます。わたしを信じる者は、わたしの行うわざを行い、またそれよりもさらに大きなわざを行います。わたしが父のもとに行くからです。


キリストが成されたことと同じこと、またそれ以上のことをするというならば、キリストがなさったことはどんなことでしょうか。

・ 悪霊に命じ、悪霊は従った。マタイ8:28-32、マルコ1:27
・ 天使の助けを求めた。マタイ26:53
・ 死に対して権威を持っていた。ヨハネ14:14
・ 病を癒やす権威を持っていた。マタイ4:23
・ 呪った。マルコ11:21
・ 自然界のものに対して権威を持っていた。マタイ8:26
・ 不足に対して権威を持っていた。マタイ14:15-20
・ 肉体の領域やその限界に打ち勝つ権威を持っていた。ヨハネ20:19
・ 罪を赦した。マタイ9:7ヨハネ20:23
・ 罪に打ち勝つ力を持っていた。Ⅰペテロ2:22、ロマ6:18


キリストにあって、私たちが権威ある者にされていることが分かりましたか。義とされた私たちは、もはや、敵に討たれっぱなしの、軟弱な犠牲者ではないのです。私たちは、勝利者なのです。


さあ、今度はあなたの番です!

ルカ10:36-37

この三人の中でだれが、強盗に襲われた者の隣人になったと思いますか。」37 彼は言った。「その人にあわれみをかけてやった人です。」するとイエスは言われた。「あなたも行って同じようにしなさい。」
癒やしを受けたなら、自分がされたと同じように、他人を導いて癒やしをもたらすものとなってください。これがイエス様の願いです。 


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4 家系に住み着いている傷 Empower Seminar

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家系に住み着いている傷 |FOUR

セミナー録音版は、Youtube にて。http://youtu.be/08MxEZrDdA0

家系の中に繰り返し起こる出来事はありせんか。自殺、失踪、離婚、不和、暴力、不倫等々。人には、言う必要もなかったし、今まで誰にも話したことはない、家系の中に潜む繰り返される悲劇はありませんか。クリスチャンになった後でも、同じサイクルにいることと、自分の子供たち、孫たちがそのサイクルに入ってくるのを見て、歯がゆい思いをすることはありませんか。この課では、そのような問題を取り扱います。
また、家系に流れている特徴で、神様のお心に沿わないもの、また、神様のご人格に沿わないものなども、取り扱うべきです。家族の中で当たり前になりすぎていることはありませんか。悪口、陰口、いじめ、引きこもり、秘密主義、だます、不正、コミュニケーションの欠如、男尊女卑、お金の扱い方等。


世代にわたる罪の呪い

私たちに、罪が入ったのは、最初の人アダムとエバが罪を犯したから。そして、罪が入り、死が入りました。すなわち、私たちに病気も死とともに入ってきたのです。また、永遠から限られた時間という概念に移されたのです。私たちは、アダムとエバから生まれることによって、DNAにこれらのことが刻まれて生まれてくるようになったのです。また、それぞれの親がユニークに傷つき、罪を犯したこともすべて、DNAに刻まれて生まれてくるのです。この世では、それは、遺伝といいますが、本来は、祝福・呪いの相続、継承というべきものでしょう。

私たちの神は家系の神

アブラハム・イサク・ヤコブの神とご自身を紹介される神は、アブラハムの家系の神である。アブラハムの神への信仰と従順ゆえに、アブラハムは世代にわたる契約を賜り、祝福された。(創世記17:6-8)

創世記17:6-8

わたしは、あなたの子孫をおびただしくふやし、あなたを幾つかの国民とする。あなたから、王たちが出て来よう。わたしは、わたしの契約を、わたしとあなたとの間に、そしてあなたの後のあなたの子孫との間に、代々にわたる永遠の契約として立てる。わたしがあなたの神、あなたの後の子孫の神となるためである。8 わたしは、あなたが滞在している地、すなわちカナンの全土を、あなたとあなたの後のあなたの子孫に永遠の所有として与える。わたしは、彼らの神となる。」

また、ダビデの家系を神は、祝福され、永遠に王位が続くとされました。(彼の子孫はとこしえまでも続き、彼の王座は、太陽のようにわたしの前にあろう。詩篇89:36) それは、ダビデが神を敬った(honorした)からでした。ダビデが死んだ後も祝福が途絶えないと言うほどの祝福を授けることのできるお方が私たちの神なのです。


★ 従順と敬意について

宗教的に正しくあることのみが神を敬うことではない。神との親しい関係。神を自発的に愛する思い。

サンドラの証し。
アブラハム、シャデラク・メシャク・アベデネゴ。また、イエス様の例、殉教者たちの例。神は、彼らによってhonorされた。神への敬意が祝福をもたらす。イエスは、その敬意と従順のゆえに多くの子孫を得、祝福を流すことができた。


罪は四代まで、祝福は千代に及ぶ

 下記の御言葉の通り、私たちの神は、千代に渡って、祝福をもたらしたい、祝福の神なのです。神様の本来の意図は、アダムとエバが創造されて、生めよ増えよ地を満たせ、そして、世々に神の祝福が広がるようにとのデザインだったのです。

出エジプト記34:6~7

主は彼の前を通り過ぎるとき、宣言された。「主、主は、あわれみ深く、情け深い神、怒るのにおそく、恵みとまことに富み、7 恵みを千代も保ち、咎とそむきと罪を赦す者、罰すべき者は必ず罰して報いる者。父の咎は子に、子の子に、三代に、四代に。」

しかし、罪については、四代までその呪いとして、罪の結果を刈り取らなければなりません。つまり、先祖の犯した罪を、子孫も犯すようになる。そして、真の悔い改めが来ない限り、またやってくるのです。

★ 四代目の敵の攻撃


罪のアクティベーション

一つのストーリーを紹介しましょう。ここに、二人の男性がいます。どちらとも、16歳。どちらともクリスチャンです。一人は、クリスチャンホームで育ちました。A君とします。もう一人は、自分だけがクリスチャンです。彼をB君とします。A君の家系には、性的な罪がありませんでした。B君の家系には、性的な罪がありました。ある時、この二人がポルノを見て罪を犯してしまいました。二人とも悔い改めました。A君は、悔い改めて以降、同じ問題に陥ることは二度と無く、ポルノは彼のクリスチャンライフの問題とはなりませんでした。一方、B君は、悔い改めてもまた戻ってしまい、中毒になり、失敗と成功の間を行ったり来たりするようになりました。ポルノはクリスチャンライフの問題となりました。
決して間違えて取らないでください。神様に対する悔い改めは完全です。また、家系の中の罪の傾向、呪いがあなたを強いて、あなたに罪を犯させる訳ではりません。あくまでも、自分の意思でそのパンドラの箱を開けたときに、このサイクルがアクティベイトされるのです。

皆さん方のクリスチャン生活の中でもこのようなことは、ありませんか? ある問題だけは、悔い改めてもまた戻ってくる。何が自分がこの部分だけ極端に弱いのかと思うような点はありませんか?

私の例) 先祖の罪の呪いを取り扱ってから、自由になった。性的な罪の呪い。中学生の時からよく痴漢にあう、性的虐待、フラッシュバック。性的罪は、非常に恥をともなっているので、光の中にだしにくく、クリスチャンでも人知れず持ち続けている人が多い。有効なのは第三者に一緒に祈ってもらうこと。


解放と千代にいたる祝福へ

イエス・キリストの十字架の業によって、今、私たちには、全てが可能とされました。いわば、何億円も入った通帳をわたされているようなものです。しかし、その恵みを自分の物にするには、リーガルな手続きが必要なのです。チェックを切る。はんこを押すように。


By faith, by appropriation 信仰によって、十字架への適用によって

思い出してください。ヨシュアは、四十年間荒野をさまよった民とともに、ついに約束の地に入りました。しかし、その地に入っただけで自動的に土地が自分のものにされたのではなく、主が必ずイスラエルの民に土地を渡されると約束にたって、戦っていかなければなりませんでした。新約の私たちは、約束のための全ての戦いは、キリストの十字架によってなされました。私たちが、約束のもの、神の祝福を得るためには、キリストのなしてくださった業を信じることと、過去の家系の罪をも十字架につけられたと認めていくことです。また、金輪際敵の策略は無効であることを宣言していくのです。
ですから、家系の中に潜んでいる罪、神様のお心に沿わない習慣があるならば、自分が神の前に立って、とりなし、祈り、そして呪いの力を解いていくべきです。


先祖が開いた罪の扉

このセッションでは、あなたの両親、祖父母や、また曽祖父母が関与した罪の領域を識別していきます。目的は、この罪からくる圧迫をあなたの人生から取り除くことです。下記のリストにおいて、当てはまるものに○印をつけてください。また加えて、あなたの今の問題に強く関係していると思われる項目には◎印を付けて下さい。できる限り正直に、またよく思い起こして印をつけましょう。

虐待(言葉、感情、性的を含む)、中毒・衝動強迫、怒り・攻撃性・憤怒、
苦々しさ、恨み・文句、子供の問題 、混乱、支配欲、新興宗教への関与、
最愛の人の死、だます、ごまかす・うそ、悪霊からくる苦痛 、うつ・深い悲しみ、
離婚・別離、摂食障害・食欲異常、恐れ・心配、経済的問題、健康上の問題・虚弱、
仕事・職業の問題、法律上の問題、早死に、結婚問題、精神病、オカルトへの関与、
両親・義理の両親との問題、完璧主義、婚前問題、プライド、反逆心、拒絶・捨てられる、宗教的問題・律法主義、性的罪・問題、恥・非難、睡眠障害、ストレス問題、不和・分裂、自殺願望、トラウマ・深い心の傷、不信仰・懐疑、無価値感・劣等感、
被害者意識・受動的、暴力、その他 _____________


先祖の傾向

あなたの先祖、近親、拡大家族に共通に見られる下記の傾向に○印をつけて下さい。(遠い親戚は、叔母、伯母、叔父、伯父、従兄弟、従姉妹を含む。) それに加えて、あなたの今の問題に見られる傾向にも○印を付けて下さい。

結婚における親密さの欠如、男性が女性を支配する、女性が男性を支配する、
家系の偶像(スポーツ・美・学歴など)、家庭内の秘密がある、
夫婦間のコミュニケーションの欠如、両親と子供の間のコミュニケーションの欠如、
子供を偏愛する、子供を軽視する、経済的繁栄・損失の循環、
ほとんどまだ救われてない


祈りましょう

1. 私は先祖の罪、私の両親の罪、そして私自身の罪として、 __________________________を/ したことを告白し、
2. 彼らの罪と、私の人生に呪いと罪の結果をもたらしたこと(詳しく)を赦し、彼らを 解放します。
3. 主よ、これらの罪を赦してください、私がその罪に習い従ってきたこと、それ故 に人生に呪いをもたらしたことについて私を赦してください。私は、あなたの赦 しを受け取ります。
4. 主の赦しを基に、私は自分自身がこれらの罪に加担したことを赦します。
5. 私はこれらの罪と、_______________________を引き起こした原因をイエス にあって否定します。この罪の力をイエス・キリストの十字架のあがないの業に よって打ち砕き、もうこれ以上私の人生と私の子孫たちの人生に影響を及ぼさ ないように断ち切ります。
6. 神様の自由と罪と呪いからの解放を受け取ります。その代わりに、私は主から ________________________を受け取ります。


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3 トラウマ・心の傷の癒やし Empower Seminar

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トラウマ・心の傷・感情の癒やし |THREE

セミナー録音版は、youtube にて http://youtu.be/0zDcALbE1o8

私たちの問題解決の鍵は、感情の癒やし。心の中の痛みが消えたとき、初めて真の意味で人を赦せるようになる。人を赦せないのは、私たちの心の痛み、感情が癒えていないため。私たちの心の痛みは、もう消えているでしょうか。もし痛みが残っているなら、イエス様による、感情の癒やしが必要です。
 
イエス様と心の傷の癒やし

 イエス様ご自身、心の痛み、感情の傷を受けた方でした。また、心の傷ついた人たちを癒やす油注ぎを受けてこの地上に来られました。

イザヤ53:3-5

彼はさげすまれ、人々からのけ者にされ、悲しみの人で病を知っていた。人が顔をそむけるほどさげすまれ、私たちも彼を尊ばなかった。まことに、彼は私たちの病を負い、私たちの痛みをになった。だが、私たちは思った。彼は罰せられ、神に打たれ、苦しめられたのだと。しかし、彼は、私たちのそむきの罪のために刺し通され、私たちの咎のために砕かれた。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、彼の打ち傷によって、私たちはいやされた。

ルカ4:18-21  

「わたしの上に主の御霊がおられる。主が、貧しい人々に福音を伝えるようにと、わたしに油をそそがれたのだから。※主はわたしを遣わされた。捕らわれ人には赦免を、盲人には目の開かれることを告げるために。しいたげられている人々を自由にし、主の恵みの年を告げ知らせるために。」イエスは書を巻き、係りの者に渡して座られた。会堂にいるみなの目がイエスに注がれた。 イエスは人々にこう言って話し始められた。「きょう、聖書のみことばが、あなたがたが聞いたとおり実現しました。」

※主はわたしを遣わされた。は、英語の聖書では、to heal broken hearted という言葉が遣わされたの目的語として付いている。

そして、私たちの感情の癒やし主であるイエス様は、きのうも、今日も、いつまでも同じ方です。イエス様は永遠から永遠までおられ、時間を作られた方です。私たちは、過去を変えたい、でも、過去が変えれないからいつまでも過去を引きずるしかないと考えがちですが、キリスト・イエス様にあっては、私たちの過去も贖われ、回復させられることが可能なのです。時間を所有しておられる方は、時間を越えてあなたにミニストリーすることができるお方です。このお方を信頼しましょう。

心の傷が引き起こす問題

 トラウマと心の傷は、それに派生し、また軸として多くの問題を生み出します。

① 心の傷は、家族の中から始まり、家族全体に影響を及ぼす。
    ・見ないふり … 現実から目をそらす  
    ・無言を保つ … 誰にも家族の問題を話さない
    ・感覚の麻痺 … 自分の感情や境界線に関して
    ・注意深くする … 誰も信頼することができない
    ・完璧になろうとする … 見返りがあるから

② 心の傷は、その人の全人に影響する。
    ・肉体 … 数々の病気や不調
    ・行動 … 自虐的、成長しない、感情を閉ざす
    ・考え … 痛みの伴うフラッシュバック、ungodly belief、不信、歪んだものの見方や目標。
    ・感情 … いつも動揺する、否定的な感情、つまり、恐れ、憎しみ、自分を憎む、怒り、悲しみ、不信、恥、拒絶、見捨てられた感
    ・霊 … 鈍い、抑圧を感じる、徐々に命の流れが薄れていく、神様から遠ざかる。

③ 心の傷は、他人を傷つける。
④ 心の傷は、うそ(Ungodly belief)の確立を導く。
⑤ 心の傷は、継続的に傷つき易い不安定な心の状態を作り、失望感に導く。
⑥ 心の傷は、恥じをもたらす。
⑦ 心の傷は、ディフェンスメカニズム(壁やコントロール癖)を作る。
⑧ 心の傷は、自分に「仮面」をつけさせるようにする。
⑨ 心の傷は、成長を妨げる。
⑩ 心の傷は、神への怒りや失望に導く。
    ・神様、あなたはあの時どこにおられたのですか? ・神様、もしあなたが私を愛していたなら、こんなことになる前にとめてくれたらよかったのに。・どうしてあなたは私の祈りに聞いてくれないのですか。等々

⑪ 心の傷は、感情の封鎖を起こす。
⑫ 心の傷は、性格を分裂させる。
⑬ 心の傷は、悪霊からの圧制を導く。


心の傷の癒やしのプロセス

 それでは、感情の癒やしはどのように成されるのでしょうか。

もちろん、私たちが探すのは、うそ、神様から来ていない信条、また、赦していない心です。しかし、それらを手放したくても、人を赦したくても、赦しきらないときがあります。
それは、感情に癒やしが来ていない場合です。感情の中に痛みや混乱がある限り、完全に人を赦すことができません。

Ⅰ 心の感情を注ぎだす

私たちの感情の癒やしのためには、感情を注ぎだすことが必要です。<感情を出し切るまで、癒やしを体験できなかった私の例>

私たちは、誰に感情を注ぎだすのでしょうか。それは、神様にです。神様は、私たちのお父さんですから、私たちの感情を受け止めてくださいます。幼い子が転んだり、けんかをして悔しい思いをしたときに、まっさきに、お父さん、お母さんのふところに泣いてとびこみます。そして、ひとしきり泣けば、すっきりしてまた遊びにできけます。ちょうどそのように、私たちも天のお父さんのところに真っ先に行けばいいのです。
感情の傷からの解放の証し…私が人に言うのをやめ、神様に感情を注ぎだしたとき、癒やしが始まった。
聖書の中では、モーセやダビデが自分の辛い感情を神様に表現し、ぶつけているいい例ですね。

モーセ 民数記11:10-15

モーセは、民がその家族ごとに、それぞれ自分の天幕の入口で泣くのを聞いた。主の怒りは激しく燃え上がり、モーセも腹立たしく思った。モーセは主に申し上げた。「なぜ、あなたはしもべを苦しめられるのでしょう。なぜ、私はあなたのご厚意をいただけないのでしょう。なぜ、このすべての民の重荷を私に負わされるのでしょう。私がこのすべての民をはらんだのでしょうか。それとも、私が彼らを生んだのでしょうか。それなのになぜ、あなたは私に、『うばが乳飲み子を抱きかかえるように、彼らをあなたの胸に抱き、わたしが彼らの先祖たちに誓った地に連れて行け』と言われるのでしょう。どこから私は肉を得て、この民全体に与えなければならないのでしょうか。彼らは私に泣き叫び、『私たちに肉を与えて食べさせてくれ』と言うのです。 私だけでは、この民全体を負うことはできません。私には重すぎます。 私にこんなしうちをなさるなら、お願いです、どうか私を殺してください。これ以上、私を苦しみに会わせないでください。」     


ダビデ 詩篇142編

私は主に向かい、声を上げて叫びます。声をあげ、主にあわれみを請います。私は御前に自分の嘆きを注ぎ出し、私の苦しみを御前に言い表します。私の霊が私のうちで衰え果てたとき、あなたこそ、私の道を知っておられる方です。私が歩く、その道に、彼らは、私に、わなを仕掛けているのです。私の右のほうに目を注いで、見てください。私を顧みる者もなく、私の逃げる所もなくなり、私のたましいに気を配る者もいません。主よ。私はあなたに叫んで、言いました。「あなたは私の避け所、生ける者の地で、私の分の土地です。私の叫びに耳を留めてください。私はひどく、おとしめられていますから。どうか、私を迫害する者から救い出してください。彼らは私よりも強いのです。私のたましいを、牢獄から連れ出し、私があなたの御名に感謝するようにしてください。正しい者たちが私の回りに集まることでしょう。あなたが私に良くしてくださるからです。」

神様に、心を注ぎだしてもいいのです。さあ、神様に話し始めましょう!


Ⅱ イエス様を見出す

心を神様に注ぎだし、文句も不満も疑問も感情とともに神様の前に注ぎだしているうちに、心が平安になっていくことでしょう。

※あまりにも、燃え上がる感情が高まり、おさまらない場合は、悪霊の影響があると考えられます。その場合は、契約の解除、誓いの言葉などのミニストリーにもどり、そちらをまず取り扱います。

きのうも、今日も、いつまでも同じイエス様に、痛みの光景の中にきていただきましょう。今まで、痛みが大きすぎて、その場所にイエス様を迎えることなど考えたことも無かったかも知れません。しかし、祈りの内に、その光景にイエス様をお迎えしましょう。
ある人は、イエス様があなたを守っているのが見えるでしょう。またある人には、イエス様があなたの代わりに戦っているのが見えるかもしれません。ある人は、イエス様があなたを抱きしめて優しい言葉をかけている光景が見えるかもしまれせん。
悲惨な出来事の只中にいて、イエス様のあたたかさ、愛に触れるとき、人の心、感情の傷は癒やされていきます。
人間は、あまりにも辛い体験をすると、自分を守るために、その感情にふたをして毎日痛みに直面しないですむようにしています。ですから、そのシステムが強く働いている人たちには、もちろん、一度に感情を出すことが難しいことがあります。その場合は、一度だけではなく、何度も、何ヶ月かおきに、神様に導かれるときにやってみるといいでしょう。


Ⅲ 完全な赦しへ

感情が落ち着き、イエス様に触れていただいたら、今度は、あなたの心の中に一つの変化が出てきているのが分かるでしょう。今までは、できれば、赦したくない。聖書に赦しなさいと書いてあるからこそ、赦しますと言うが、感情がゆるさなかった人がいませんか。
心を神に注ぎだした人は、今度は、自然にその人を赦したいと思うものです。というのも、いわば相手に負わせている自分の感情の負債というものをイエス様が払ってくれたので、もう相手を責める気にならないからです。そして、赦せるようになるでしょう。
そして、今後は、同じ光景を思い出しても、今までのように痛みは思い出さなくなるでしょう。また、自分が、相手を完全に赦せていることにびっくりすることでしょう。


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2 言葉の力 Empower Seminar

thread
言葉の力  TRUTH OR UNGODLY BELIEF? |TWO

録音は、http://youtu.be/_aKDtujiPhw
 からどうぞ。

  Belief System

If you accept a Belief, you reap a Thought.
If you sow a Thought, you reap an Attitude.
If you sow an Attitude, you reap an Action.
If you sow an Action, you reap a Habit.
If you reap a Habit, you reap a Character.
If you sow a Character, you reap a Destiny. Anonymous


言葉の力

 人間は、神の似姿に造られました。創世記2:7で、神が人に息を吹き込み、人は生きたものととなったとありますが、言語ヘブル語では、Speaking Spirit になった。と言う意味です。
 以来、人は、絶えず、言葉を発信しながら生きています。頭の中で、言葉といわずとも、イメージを描きながら生きています。この言葉を組み立てる場、イメージの場が実は、戦場です。悪魔は、ここを占領したいと思っています。そして、ここで、おきていることが実際の行動にでてくるのです。
 なぜでしょうか。私たちの源、原形神様はどんなお方でしょうか。神は、「光よ。あれ。」と言われました。すると、光ができました。神は、ご自身の頭のイメージを口にすることによって、世界をご自分のイメージ通りに造り上げられました。また、神の言葉は、ギリシャ語で、Sperma スパーマ 神の種と言う意味があります。(Ⅰヨハネ3:9) 神の言葉には、その意味するところを完成に至らせる力かこめられているのです。このように、神のイメージで造られた人間の言葉にも、力があります。

同意の力

 祈りは、天で起きていることと同意することです。また同意の祈りに力があります。(マタイ18:18-20) 神の御言葉に同意するとき、信仰が生まれます。また、前回の偶像礼拝の仕組みの説明にもあったように、手を合わせるという悪霊との同意を表す行為によって、悪例との契約関係が成り立ち、悪霊からの力を全面的に受けるという同意となり、ネガティブな力が人生に働くようになるのです。このように、同意には、力が働きます。  では、私たちは、日々何に同意して生きているのでしょうか?


マインドの役割

ローマ書12:2

この世と調子を合わせてはいけません。いや、むしろ、神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に受け入れられ、完全であるのかをわきまえ知るために、心の一新によって自分を変えなさい。And do not be conformed to this world, but be transformed by the renewing of your mind, that you may prove what is that good and acceptable and perfect will of God.

 私たちのマインドは、神様にあって神聖に造られたところです。 マインド/頭は、ユダヤの世界では聖なるところとみなされていた。 また、マインド/ 頭は神に似せられて造られたところ。言葉がイメージとなり、イメージが現実となる信仰の実践の場。 (ヘブル11:1イメージの法則) 実際に、脳の研究でも明らかになっている。ポルノ中毒の人は、脳の形が変わってしまっている。また、経験によってトラウマと感情を結ぶ道筋が脳の中にできる。それゆえに、同じような場面に遭遇すると、感情が反射的に蘇るようになっている。 このように、イメージ/言葉がどれほど、脳に影響し、現在の行動に影響するか。本来神にあっては、聖なる場所、神にあってビジョンと聖なるイメージによって、御心にそって世の中を治めるための場である。

私たちのマインドで何が起きているのでしょうか。

①敵は、本来聖なる場所であるマインドを自分たちのうそで一杯にしたい。 霊的戦いの場である。
②神の真理が実現する、信仰の場。神とともに将来を産み出す場である。
③マインドは、トラウマや経験によって、自分なりの人生の解釈をする人間的な実体験を整理する場でもある。


真理とUNGODLY BELIEF

 私たちはイエス・キリストを信じて、真理によって救われました。そして、聖書に書かれてあることは、全て真理だと信じているはずです。しかし、実際にそうでしょうか。信じているなら、どうして疑いや心配をするのでしょうか。
 実は、私たちは、聖書の真理よりも、脳に記憶されている実際自分が経験した過去のデータを強く信じているのです。また逆に、信仰生活にはいってから、聖書のみ言葉に従えば従うほどそれが、自分の経験になり、それが自分の真理として現在の自分の行動の理由になっているのではないでしょうか。
 例) 双子の姉妹。いつも比べられる。自分がいつも姉と比べて、ねたみを持つ。「姉はいつも物事がうまくいく、自分はだめ。姉は美人、自分はだめ」と言う風に信じるようになる。その人は、次第に太っていく。何をしても痩せられなくなった。


権威者と言葉

 私たちは、物事を祝福するためと、神のマインドをもって世界を築くために言葉の能力が与えられています。 しかし、必ずしも祝福と神様の御心にそって言葉が使われているとは限りませんね。
 私たちの上に置かれた権威者の言葉というものには、力があります。それは、私たちが霊的に私たちの上に立ち治めるものとしてsubmit しているからであり、神様にあってもそうあるべきだからです。しかし、権威者の言葉と言うものは、良くも悪しくも、強く私たちの魂に影響を及ぼします。
  幼いときに父母に繰り返し言われた、言葉。学校の先生に言われた言葉。
  例 / クラブの先生に、「のろま、気がつかない、あほ。」牧師に言われた言葉。


トラウマと言葉

  トラウマは、個人にとって心理的に大きな打撃を与え、その体験が長く残るというもの。ギリシャ語で傷という言葉から来ている。いわば心の傷。 言葉というものは、絶えず心の傷と密着しています。この言葉が神の言葉となったら勝利です!
 生活、人生、ものの考え方にまで影響を及ぼす傷と言うものは、どのようにできるのでしょうか。
 それは、たとえば、小さいときに、親がものすごく怖い顔で、ものすごい剣幕であなたに向かっていった言葉があります。”怖い” と言うだけで、トラウマです。そこへ来て、否定的な言葉を浴びせられるとします。「おまえは、馬鹿だ」と。すると、トラウマと、「わたしは馬鹿だ」がセットになって心に納められます。子どもは、常に「わたしは馬鹿だ」というフィルターを通して物事を見るようになります。

 また、交通事故にあいます。心身ともにこれは、大きなトラウマです。ここに、悪魔がふっと思いや疑いを入れてきます。またこのようなことがおきるかもしれない。おきたらどうしよう。という恐れ。そして、それと同意し信じ心の中に受け入れます。すると、その恐れと、その言葉を通して物事を考え、世界をみるようになるのです。
心の傷は、癒やされる行程を踏まずにいると、このように、敵が言葉や恐れを入れてきて、それを信じるようにさせるのです。そして、鍵の英語のみ言葉にもありますが、人は、信じたとおりに生きるようになるのです。
 心の傷は、いつも、辛い、痛い、悲しい、恐ろしいという感情とともに、言葉がくっつき、それが信条となり、根深く人の行動の基として残ってしまっているのです。


裁きの言葉と悪口

  私たち、言葉を発するものとして、注意したいのは、ネガティブなメッセージをもつ言葉です。人を誉めたり、立てあげる言葉には、命が通いますが、裁きの言葉は人間関係から命を奪います。また、陰口、悪口も同じです。私たちの言葉が、物事を成し遂げる神の言葉のイメージでデザインされているなら、陰口、悪口は呪いの言葉となります。


イエス様とトラウマ

 イエス様は、十字架につく際に、ひどく侮辱され、痛めつけられ、辱められた。しかし、それはトラウマとはならなかった。むしろ、彼は、「父よ、彼らをお赦しください。彼らは、自分のしていることがわからないのです。」という余裕すらあった。それは、なぜか。アイデンティティをしっかり持っていた。自分は、何者であるのか、何の目的でこの地上にいるのか。はっきりしていた。健康なセルフイメージ、アイデンティティを持っている人。健康な聖書理解のある人は、どんな目にあってもトラウマとならない。傷とはならない。わたしたちは、ここまで成長したい。


あなたのアイデンティティは?

 御言葉はあなたのことをなんと言っているでしょうか。 御言葉を探して書き出してみましょう。


マインドのフィルターを掃除しましょう 
 
 祈りのうちに、添付のプリントに当てはまるものに〇印をつけていきましょう。そして、二人グループになって、祈りの実践をしていきましょう。祈りの終わりに必ず、神様からの真理を受け取ってください。

祈り… 神様の真理でなく、敵のうそを信じていたことを自分罪として告白し、悔い改める。そして、この嘘を信じるようにさせた人たちを赦す。そして、神様からの赦しをキリストの十字架によって受け取る。そして、この嘘がもう自分の人生と関係がないことを宣言し、神様からの真理 (うそと反対の肯定的な言葉と、それに合う聖書のみ言葉) を受け取る。 敵の嘘は、塗りつぶし、二度と見ないようにする。

宿題

 ミニストリーの中で受け取った真理の言葉と聖句を毎日、朝声を出して宣言してください。四十日毎日続けてください。そうすると、脳が変わり、あなたの思いが変わり、行動が変わってきます。

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1 心の傷のメカニズム Empower Seminar

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心の傷のメカニズム|ONE 録音は http://youtu.be/C-s7kCbhg5U から。

カウンセリングがなぜ必要か

ずばり、問題があるから。クリスチャンになっても、なかなか成長できない。また、いつもトラブルに巻き込まれる。悲惨な出来事に繰り返しあう。なかなか、成功できない。人間関係がいつまでたっても、うまく行かない。人が怖い。人が嫌い。常に、何らかの恐れに縛られている。心の中にいつも不安がある。孤独感がいつもある。など、あるのではないでしようか。本当の意味で、神様にあって、解放と自由の中を歩めないとき、そこに問題を感じるのではないでしょうか。そういう人に、クリスチャンカウンセリングが必要です。

癒やしの定義  SOZO

Sozo ?  私たちの救いってなんでしょう。

Sozo とは、ギリシャ語で「救われる」、「癒される」、「解放される」という意味があり、新約聖書の中で110回使われている言葉である。ルカ19:10で、「人の子は、失われた人を探して救う(Sozo)ためにきたのです。」 ローマ10:9では、「なぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われる(Sozo)からです。」  マタイ9:22「イエスは、振り向いて彼女を見て言われた。「娘よ。しっかりしなさい。あなたの信仰があなたを直したのです。」すると、女はその時から全く直った。」それは、Sozoと言う意味です。 ルカ8:36「目撃者たちは、悪霊につかれていた人の救われた次第(made well)(Sozo)を、その人々に知らせた。」これらは、使用されている例のほんの一部です。Sozoというのは、救われる、癒される、解放されるという言葉の基語であり、これが、この癒しのミニストリーの全てです。つまり、敵のあらゆる働きから人々が完全に自由にされているか確認していくミニストリーなのです。

心の傷のメカニズム

 心の傷とは、どのようにできるのでしょうか。また、どうして問題がいつまでたっても私の人生につきまとうのでしょうか。
オープニングドア 敵のリーガルライト
 私たちは、オープニングドアとか、敵のリーガルライトなどという言葉をよく使いますが、これは、私たちの側の罪に対して開かれたドアです。このドアが開いている限り、敵がそこから入ってくるということですね。知らずに開けっぱなしにしている罪のドアを閉めなければなりません。すなわち、罪を罪と認め、悔い改め、罪の原因となった人たちを赦し、キリストの十字架の御業によって、赦しを受け取ることが必要になります。すると、御国の法律で、もう敵が居座る権利がなくなってしまうのです。

罪のドア

 私たちは、好き好んで自分から罪を犯すわけではありません。私たちが開きっぱなしの罪のドアを持ちやすいのは、人にいわれの無いひどい仕打ちを受けた時、一方的に痛めつけられたとき、などです。いわゆる、傷つけられたときです。その時に、どのような反応をするかによって、罪のドアが開きます。 
 
  ・相手を裁く。(「この人はこういう人だから」も裁き) ・相手を赦さない。 
  ・自分を責める。 ・心に誓いを持つ。(もう二度と恋なんてしない)
  ・次回このようなことが二度と起きないように、自分を守る対策を作り上げる。 (コントール:本来は神様に守ってもらうべき。)

自分から相手を傷つけるような積極的な罪ではありませんが、これらの罪のドアが私たちの人生に大きな影響をもっているのです。 また、その他、感情的な傷に関わる以外の罪のドアで、私たちのキリストにある歩みを妨げるものに霊的な契約を伴うものがあります。これらの罪も、実は感情的な傷と密接に根の部分で繋がっているのです。

  ・霊的な罪のドア…占い、異なる神々との契約(偶像礼拝、お宮参り、氏子、檀家)
  ・性的な罪のドア…結婚以外の肉体関係(これも霊的な契約関係),
ファンタシー、ポルノ
  ・先祖の開いた罪のドア これは、第四課で詳しく話します。

よくある例

  たとえば、不幸な家庭で育ち、父親が暴力を振るうので、小さいときから、父親を心の中で裁いていた人がいたとします。赤ちゃんのときからそうしていたので、無意識に続けていた。そうすると、その人の問題は、なかなか結婚できない。または、職場などでも、男性の上司とうまくいかない。という問題が出てきます。普通に振舞っているのに、いつも男性にいじめられる。あるいは、普通に結婚したが、何年か経って夫が暴力を振るうように豹変した。などですね。多くの場合、そのような出来事の周りにもっと多くの複雑な問題を抱えるようになります。そういう場合は、敵のリーガルライト、自分の罪のオープニングドアを閉める必要があります。それは、父親を赦すこと、男性一般を赦すこと、裁いていたことを悔い改めることです。そうすると、オープニングドアが閉じ、問題もなくなります。

善悪の知識の木の実から十字架へ

 創世記3章、はじめの人アダムとエバは、神から禁じられている善悪の知識の実を食べてしまいました。それ以来、人間は、善悪を常に意識して生きています。罪が入る以前は、善しかありませんでした。その善というのは、神との交わりから得るものでした。神の御思いは、私の思い。神の願いは、私の願い。愛の交わりの中で、神が、人の全てでありました。罪が入り、あらゆる苦しみが入り、病気が入り、そして、死が人間に入りました。

 しかし、神は、救い主イエス様を私たちにお与えになりました。私たちは、善悪の知識の実をイエス様にお返しするのです。そして、自分の罪がイエス様の十字架にともにつけられ、古い自分がイエス様とともに死に、葬られ、新しい人として蘇ったことを受け取るのです。そうして、もう一度、はじめの人がはじめに持っていた、神のみ思いは、私の思い、神の願いは、私の願い。神の愛することを愛し、神の憎まれることを憎むという、真の神への畏れをもって生きられるようになったのです。
 心の癒やしとは、クリスチャンを真の神への畏れに導くものです。

よくある質問

1. 私は、救われたときに完全になったのではないですか?

この言葉は、Ⅱコリント5:17を基に言われるが、「だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。」の”新しくなりました”は、原語ギリシャ語の意味は、”継続的に新しくなる”と言う意味です。

2. 私の過去は、救われた時から私の人生に影響が無いのではないですか?

あなたは救われた時に、あなたの過去も赦されました。しかし、習慣化した罪やungodly belief 神様の御思いに沿わない考えは、改正されなければなりません。ロマ12:2 「この世と調子を合わせてはいけません。いや、むしろ、神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に受け入れられ、完全であるのかをわきまえ知るために、心の一新によって自分を変えなさい。」

3. 救われたら、自動的にキリストの似姿に変えられるのではないですか?

神様は私たちに常に新鮮な関係を持ち続けることを求められる。マタイ6:33「だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。」の、”求めなさい”は”絶えず求め続けなさい”という意味。 私たちは、日々の神様との交わりで成長していく。


聖書の原理原則 癒やしの鍵となるみ言葉

父母を敬う法則 エペソ6:2-3

「あなたの父と母を敬え。」これは第一の戒めであり、約束を伴ったものです。すなわち、「そうしたら、あなたはしあわせになり、地上で長生きする」という約束です。

裁きの法則 マタイ7:1-2

さばいてはいけません。さばかれないためです。 あなたがたがさばくとおりに、あなたがたもさばかれ、あなたがたが量るとおりに、あなたがたも量られるからです。

赦しの法則 マタイ18:21-35

そのとき、ペテロがみもとに来て言った。「主よ。兄弟が私に対して罪を犯した場合、何度まで赦すべきでしょうか。七度まででしょうか。」22 イエスは言われた。「七度まで、などとはわたしは言いません。七度を七十倍するまでと言います。
このことから、天の御国は、地上の王にたとえることができます。王はそのしもべたちと清算をしたいと思った。
清算が始まると、まず一万タラントの借りのあるしもべが、王のところに連れて来られた。
しかし、彼は返済することができなかったので、その主人は彼に、自分も妻子も持ち物全部も売って返済するように命じた。
それで、このしもべは、主人の前にひれ伏して、『どうかご猶予ください。そうすれば全部お払いいたします』と言った。27 しもべの主人は、かわいそうに思って、彼を赦し、借金を免除してやった。28 ところが、このしもべは、出て行くと、同じしもべ仲間で、彼から百デナリの借りのある者に出会った。彼はその人をつかまえ、首を絞めて、『借金を返せ』と言った。
彼の仲間は、ひれ伏して、『もう少し待ってくれ。そうしたら返すから』と言って頼んだ。
しかし彼は承知せず、連れて行って、借金を返すまで牢に投げ入れた。
彼の仲間たちは事の成り行きを見て、非常に悲しみ、行って、その一部始終を主人に話した。
そこで、主人は彼を呼びつけて言った。『悪いやつだ。おまえがあんなに頼んだからこそ借金全部を赦してやったのだ。
私がおまえをあわれんでやったように、おまえも仲間をあわれんでやるべきではないか。』
こうして、主人は怒って、借金を全部返すまで、彼を獄吏に引き渡した。
あなたがたもそれぞれ、心から兄弟を赦さないなら、天のわたしの父も、あなたがたに、このようになさるのです。」

種まきの法則 ガラテヤ6:7

思い違いをしてはいけません。神は侮られるような方ではありません。人は種を蒔けば、その刈り取りもすることになります。

イメージの法則 

箴言23:7 彼は、心のうちでは勘定ずくだから。」For as he thinks in his heart, so is he. (NKJV)
ヘブル11:1 「信仰は望んでいる事がらを保障し、目に見えないものを確信させるものです。」
恐れとは、否定的な形で表現された信仰です。

誓いの法則 マタイ5:34-37

しかし、わたしはあなたがたに言います。決して誓ってはいけません。すなわち、天をさして誓ってはいけません。そこは神の御座だからです。35 地をさして誓ってもいけません。そこは神の足台だからです。エルサレムをさして誓ってもいけません。そこは偉大な王の都だからです。36 あなたの頭をさして誓ってもいけません。あなたは、一本の髪の毛すら、白くも黒くもできないからです。37 だから、あなたがたは、『はい』は『はい』、『いいえ』は『いいえ』とだけ言いなさい。それ以上のことは悪いことです。
“Inner Vow”


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心の癒やしと解放セミナー Empower Seminar

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みなさん、こんにちは。

お元気ですか。

昨年から今年にかけて、心の癒やしと解放のセミナー、エンパワーセミナーを行いました。クリスチャンとして解放されるだけでなく、神様の力を着せられて他人のためにも働けるようになるという素晴らしいコンセプトです。

大変好評につき、Youtube に録音版をアップすることとなりました。そして、レジメをこのブログ上に載せるようにしたいと思います。レジメの初めにYoutube のリンクを貼りたいと思います。貼れるのかな?やってみますね。

内容は次のとおりです。

心の癒やしと解放セミナー Empower Seminar

クリスチャンになったけれど、心の弱さがあまり変わっていない。いつも同じ恐れに縛られている。いつも職場でいじめられる。親子関係に問題がある。自分の子どもが問題を持っている。自分の問題が何かは漠然としていて分からないが、神様に変えられたい。なかなか霊的に成長できない。などという方はおられませんか。
このセミナーでは、心の傷と束縛のメカニズムを知り、どのようにキリストと御言葉の真理によって癒やしと解放にあずかれるかを教え、癒やしに導き、自分が癒やしを体験することによって、他者の癒やしを助けることができるようにするセミナーです。
聖霊様がきっと様々なことを語ってくださいます。祈り心で参加してください。

第一課 心の傷のメカニズム 2013年9月14日録音
     SECTION 1.1  なぜカウンセリングが必要か
     SECTION 1.2  心の傷のメカニズム
     SECTION 1.3  聖書の原理原則/ 癒やしの鍵のみ言葉

第二課 言葉の力・あなたが真に信じていることは何?2013年10月12日録音
     SECTION 2.1  マインドの役割
     SECTION 2.2  真理とUNGODLY BELIEF 自分の経験からくる真理 
     SECTION 2.3  マインドのフィルターを掃除しましょう  祈りの実践

第三課 トラウマ・心の傷の癒やし 2014年1月11日録音
     SECTION 3.1  イエス様と心の傷の癒やし
     SECTION 3.2  心の傷が引き起こす問題
     SECTION 3.3  心の傷の癒やしのプロセス

第四課 家系に住み着いている傷 2014年2月8日録音
     SECTION 4.1  世代にわたる罪の呪い
     SECTION 4.2  罪のアクティベーション
     SECTION 4.3  解放と千代にいたる祝福へ

第五課 成長の鍵 2014年3月8日録音
     SECTION 5.1  三位一体の神との関係
     SECTION 5.2  クリスチャンの権威
     SECTION 5.3  さあ、今度は、あなたの番です!

聖霊様がきっと語られます。祈り心で聞いて下さい。


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