《襍・/・囈 “黄葉・紅葉 '22(9)”❖’22-108》

《”彩り=瀟洒"❖’22/12/02》

紅葉・黄葉をゆっくりと見る時間がない。
晴天に恵まれなく、、、タイミングが悪いだけだが。。!
そんな中でも一瞬、出会った好景。
早12月、今年もあと少し。でも里地を通ると気分が良い。
「令和肆年(皇紀2682年)12月2日、記」


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《襍・/・囈 “写真機!?!”❖’22-107》

《”婚姻生活より長く付き合っているもの"❖’22/11/30》

現像~焼き付け、こんな事書いても分る人は少なくなった。
子供の頃、初めて手にしたレンジファインダー35mmカメラNikonSP&S3。
今にして思えば、子供が使うものではなかった(父が仕事で使っていたカメラ)。
今では死語だろうが”写真機”と呼んでいたカメラ。一眼レフ機の前時代。
風呂場・脱衣場を改造??して暗室にして全紙大までは、自分でプリントしたものだ。
写真機などと言われていた頃、カラー写真の事を”天然色写真”とも呼んでいた。
青年時代、仏像写真・植物写真を好んで撮っていたが自由自在に今は撮影できない。
カメラ自体もフィルムカメラからデジカメに移行したと言って良いのだろう。
時代とともに進化しているカメラ機材だが、便利になりすぎた、と老人は思う。
贅沢なことだが、もっとシンプルなシステムで安価なものが出来ないだろうか。


今日は、カメラの日だそうだ!!!
1977年(昭和52年)に小西六写真工業が世界初の自動焦点カメラコニカC35AFを発売した。
自動焦点(オートフォーカス)カメラ「ジャスピンコニカ」なんて呼ばれていた。
高度な撮影技術を不要としカメラの普及に大きく貢献した。「カメラの日」の所以に由。
スマホの普及でカメラを別に持たなくてもすむ。でもこだわった機能を持つ、それがカメラ。
カメラはカメラであって、スマホのそれは、カメラ機能的装備だとおもう。

「令和肆年(皇紀2682年)11月30日、記」


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《襍・/・囈 “黄葉・紅葉 '22(8)”❖’22-106》

《”泉の森・・散歩??"❖’22/11/26》

時間的に余裕がなく、紅葉・黄葉鑑賞に出掛けられないでいる。
タイミングが悪い。紅葉・黄葉は、晴天の方がよく似合うのだが。。!
出掛ける折には、電車の一駅間を遠回りだが森を通って行く。
今年の11月は、天気が余り良くなかった、と感じている。
それでも里地・里山散歩は、気持ちいい。
「令和肆年(皇紀2682年)11月29日、記」



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《襍・/・囈  “社会を思う!!” ❖’22-105》

横浜港夜景。ランドマークタワー周辺。



《”夜景・・世の事象"❖’22/11/27》

異国の友だちが、観光と休養を兼ねて日本各地を探訪している。
新嘗祭の日に、新宮にいて神事を見て感動したと連絡をよこした。
日本の伝統文化を新たに・・再発見していると。更に旅先の情報をきいてきた。
仲間(異国人達⇔西欧人)の感覚がいい。日本人に先導・案内して欲しくない、と。

暫く前、横浜で30年ぶりに仲間・学友が一同に会して議論を戦わせた(同窓会??)。
夜、宿泊した場所から見下ろす景色が、今の日本そのものか??って思った。
光にごまかされて、影が余りにも深く沈みこんでしまっている。闇が大きい。
政治の世界で、統一教会関連の規制・法制が言われているが、骨抜き法案だ??
創価学会等、宗教団体問題の本質が問われるのではなく、ザル法、、、相変わらずだ。
議会人の見識を疑う。”もりかけ”と言われた問題処理となんら変わらないッて思う。
今の日本社会は、マスコミ報道主導で右往左往してよいか???危惧するばかりだ。
異国人達が、一同に驚いていたのが日本国内でのマスク対応、コロナ対応。
この問題でも、利権がうごめいているように聞こえてくる。マスメディア不信だ。

「令和肆年(皇紀2682年)11月27日、記」





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《襍・/・囈 “11月23日とは!!”❖’22-104》

稲穂!!
最近里山等でよく見かけるようになった、天日干し!!
日本の伝統的魅せ方。まさに”用と美”。
今年、献上米を作る場になった、福岡県那珂川市南畑。
田植え装束を身にまとった “早乙女”と呼ばれる若者たち。
神奈川県湘南地区で作られているブランド米 ”はるみ”
《”新嘗祭・勤労感謝の日??=新・旧"❖’22/11/23》

勤労感謝の日=新嘗祭;第二次世界大戦後に勤労感謝の日と変化した。
勤労感謝の日「勤労をたっとび、生産を祝い、国民がたがいに感謝しあう」とある。
1948年(昭和23年)に制定された国民の祝日のひとつだが。。。!
戦前はこの日を新嘗祭と呼び、宮中では天皇が新しい米などを神殿に供えた。
新嘗祭と呼ばれていたのは、1873(明治6)年から1947(昭和22)年までの祭日。
天皇が新穀を天神地祇に勧め、親しくこれを食する祭儀と。
現憲法では、皇室典範から儀式は除外されたが各地の神社で新穀感謝の祭事は続いている。
新嘗祭は、天皇が国家と国民の安寧と繁栄を祈ることを目的とする宮中祭祀の一つ。
新嘗祭は「しんじょうさい」とも言われ。「新」は新穀を「嘗」は奉ることの意。
収穫された新穀を神に奉り、その恵みに感謝し、国家安泰、国民の繁栄を祈る祭儀。
現在、このお祭りは毎年11月23日に、宮中を始め、日本全国の神社で行われている。
宮中では天皇陛下が自らお育てになった新穀を奉り、その新穀をお召し上がりになる。
神嘗祭も新嘗祭も神事、宮中行事でもあることから一般人にはあまり馴染みのない行事。
天皇の即位後、初めて行う新嘗祭を大嘗祭と称する。
神宮では神嘗祭と称して新穀が奉られる。
古来より日本では稲作が生活の基本になってきた。”黄金の国ジパング”と言われた所以である。
日本各地で初穂の収穫を祝い感謝する「収穫祭」や神社では「秋季大祭」が行われている。
収穫を祝い感謝する気持ちは、日本人の心の中に根付いていると行っても過言ではない。
初穂(新米)をいただくときは、古来より続く伝統ある行事と重ねてもよいと思う。
日本人は2000年以上の歴史のなかで、天皇陛下から国民に至るまで神を祀って来た。
五穀の豊かな稔りを祈る。稲の育成周期が日本人の一年といえる。
農耕が生活の総てであった時代、豊作を祈る事は国家安泰、国民の繁栄を祈る事であった。
祈年祭は国家規模で執り行われていたようだ。
伝統的行事を未来につなげよう!!米がパンに取って代わられた様に感じる昨今ではあるが、
米は日本人に不可欠なものでは!?!稲田公園、棚田等々、日本の原風景でもある。
米文化は、もっともっと語られて良いと思うし、日本の伝統行事をもっと盛り上げたい。
11月23日(木・祝)は、勤労感謝の日だが、「新嘗祭」と併記してみては!!お祭りとして。
現在でも「新嘗祭」の為に、献上米(献穀米)を作っている(皇室に献上する)。
毎年11月23日に皇居で行われる重要儀式「新嘗祭」に献穀米として献上するお米。
新嘗祭での献穀は明治25年(1892年)からはじまり、宮中献穀事業とも呼ばれ、
全国各都道府県で献上米を作る農家が毎年選定され、献上米が造られている。
その献納される新穀(新収穫した粟やお米等の穀物)を天皇陛下御自らが神様にお供えし、
五穀豊穣に感謝祈願をする重要な宮中祭祀の一つ。
全国各都道府県で献上米を作る農家が毎年選定され、献上米が造られている。
その製法には細かい規定があり、厳格な管理のもとで栽培された最高級のお米。
仔細は別にして、このような伝統的な祭祀を広く知らせるべき、と思って止まない。

※   ※   ※   ※   ※   ※   ※

お米に関しては、神奈川県平塚生まれのブランド米「はるみ」がある。
平成28年度の日本穀物検定協会(穀検)で最高評価となる「特A」の評価を受けた。
コシヒカリとキヌヒカリの交配種で平成27年2月、県水稲奨励品種に決定。
全農営農・技術センターは、品種改良に約10年を費やしてきた。
神奈川県では初めての特A米。甘み!!を持つ、とっても美味しいお米だ(私感)。
全国各地で栽培されてる地域米種、競争ではなく地元として誇りを持って食したい。

「令和肆年(皇紀2682年)11月24日、記」




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《襍・/・囈 “秋に見えた花”❖’22-103》

サカタのタネグリーンハウス前広場からのフランス庭園噴水。
原種シクラメン  サクラソウ科(Primulaceae)
秋咲き種学名;Cyclamen hederifolium(ヘデリフォリウム)??

フユザクラ(冬桜) バラ科(Rosaceae)
学名:Prunus x parvifolia cv.Parvifolia
冬に咲く桜、ジュウガツザクラ・カンヒザクラ・カンザクラ・コブクザクラ等がある。
サカタのタネグリーンハウス。




《”紅葉・黄葉の下に色づく花々"相模原公園❖’22/11/06》
麻溝公園の隣に県立相模原公園があり、中にサカタのタネグリーンハウスがある。
このグリーンハウス(温室)の熱源は、隣接の相模原市南清掃工場のごみ焼却熱を利用している。
この循環システムは、見習うべきシステムといつも感心しながら散歩している。
この季節、相模原公園に咲く花が楽しみで出掛けている。

「令和肆年(皇紀2682年)11月22日、記」

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《襍・/・囈 “紅葉・黄葉 '22(7)”❖’22-102》

麻溝公園内にある小動物園入口(利用している駐車場に隣接)。
公園入口脇道の黄葉(結構進んでいる!!)。
散歩道にあったケヤキ??樹皮。
グリーンタワー、周りの環境に溶け込んできた。
展望台・38mの展望室からの相模原公園の林。
麻溝公園の樹々&遊び場。
芝生広場。テントがみえるが、時代的に隔世の感がある。
真ん中奥に見えるのは、丹沢山地の大山。
右に見える白い建物は、女子美大の建物。
麻溝公園から相模原公園に通じる道で、うさちゃんの散歩に遭遇。


《”色づき始めた公園の樹々"麻溝公園❖’22/11/06》

神奈川県相模原市南区にある相模原麻溝公園は、時折散歩する場所。
当日の目的は、隣接の相模原公園に咲く花が目的だった。
が、駐車場の問題で麻溝公園に駐車。麻溝公園を通って相模原公園に行く。
麻溝公園には、グリーンタワー(展望台・38mの展望室)があり眺めがいい。
そしてこの公園に足が向くのは、関心ある植物が幾種類あることによる。
展望台から見ゆる景色。当日は、少し早かった。
「令和肆年(皇紀2682年)11月20日、記」

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《襍・/・囈 “蝶”❖’22-101》

ムラサキシジミ(紫小灰蝶)シジミチョウ科( Lycaenidae)
学名:arathura japonica 
《”初めて気づいた小さな蝶”泉の森❖’22/11/05》
ムラサキシジミ(紫小灰蝶);
翅(はね)を広げても3-40mm。翅の表が青紫色で周囲を黒褐色で縁取る。
ムラサキシジミは、薄暗い照葉樹林の中の低い所の葉等に止まっている由。
その姿は、日光浴している風に見える。又、チラチラと飛ぶ姿も可愛い。
アラカシ、森のなかで極普通に見られる樹だが、その葉を好んで食するらしい。
アラカシは、高樹。それ故、見なかったか??偶然、低い位置の葉に見つけた。
蝶の名前が分からず調べてみたが、ムラサキツバメかムラサキシジミだろう?
泉の森・シラカシの家職員(学芸員)に尋ねたらムラサキシジミ、と教えて頂いた。
「令和肆年(皇紀2682年)11月18日、記」

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《襍・/・囈 “紅葉・黄葉 '22(6)”❖’22-100》

上2画像は、宿泊した宿の露天風呂からの富士嶽。
宿目の前の精進湖湖畔は、河口湖等の喧騒は全く無かった。






国道246号線沿いの御殿場線山北駅近くの”サクラカフェ”
庭に咲いてたサワアジサイ!?!時期外れだが可愛く咲いていた。
紫陽花の脇に見えたコムラサキの実。


念願のランチを頂けた。食後に飲んだコーヒーも美味だった。




《”露天風呂"”富士嶽"~”昼食"点描❖’22/11/01》

精進湖周辺は、保養地といった感じの場所。ペット連れの散歩者も多くみえた。
宿泊した宿の露天風呂からの富士嶽は、なんとも言えない美景だった。
末広がりが見える単独峰・富士山の姿だが、僕は相模湾から見る富士山姿が好きだ。
しかしながら、間近に見ゆる富士嶽は別、微妙な山肌がみてとれ美しい。
紅葉・黄葉自体は深まって居なかったが、富士嶽の迫力・優美さに魅了された旅。
3日目は、天候も良くない事もあって観光スポットをスルーして帰宅の途に。
帰り道、天気も曇り程度だったので時折おじゃまする山北カフェにて昼食をとった。
素朴なCafeだが、好きな場所。今回の三日間で唯一、まともな昼食がとれた。
このカフェの昼食、初めて頂けた。ここのカフェのソフトクリームは美味である。
自転車ツーリング仲間には有名(私見)な人気あるカフェ。ランチも美味しかった。

「令和肆年(皇紀2682年)11月17日、記」

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《襍・/・囈 “紅葉・黄葉 '22(5)”❖’22-99》

以上は、西湖の周り。人影もまばらな湖畔に車を止めてしばし眺めた。
(西湖西湖根場浜からの富士嶽)
旅の計画に、お札に描かれている本栖湖・中ノ倉峠から見る逆さ富士を入れていた。
その姿に会えるかと本栖湖展望公園に行ったが、天候のかげんで逆さ富士は見れず。
富士山写真家の岡田紅陽さんの撮影画像を基にデザインされたのが、お札画像。
撮影場所は公園上の峠からだが、今回は、峠まで登らなかった。
昔、東京・数寄屋橋にあった富士フォトサロンで正月・富士山展が毎年あった。
岡田紅陽さんの富士嶽画像は、圧巻だった。昭和は、遠くなったなぁ~~。




以下は、精進湖湖畔の宿から眺めた夕暮れの微妙な変化!!
のんびりと目の前の変化をながめられ至福の時だった。




《のんびりと”富士嶽"を拜いせる場所❖’22/10/31》

富士五湖に時折寄るが、西湖・精進湖・本栖湖周辺は若い頃歩いたのみ。
紅葉・紅葉は、少し早かったが湖・富士山拝観だけで良い、に変更。
同じように見える富士山の姿だが、僕は相模湾から見る富士山姿が最も好きだ。
しかしながら、間近に見ゆる富士嶽は、美しい・・・微妙な山肌がみてとれた。

「令和肆年(皇紀2682年)11月15日、記」

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