<グーグルロゴ>(53)「ヴァージニア・アプガー生誕109周年」
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1929年、「マウント・ホリオーク大学」を卒業。ここでは、生理学や化学を学び、その後、コロンビア大学 医者および外科医の大学院)に進学。
卒業後、外科医になることを目指しますが、当時、女性が外科医になり、成功することは難しい時代でした。
手術時の麻酔医の仕事を勧められたこともあり、「P&S」で麻酔を専門として働き始め、初の女性教授となりました
医療研究者として活動することを望み、子供の死亡率について興味を持ち始めます。医療の発展にともない、子供の死亡率は低下の傾向にありましたが、生後24時間以内の赤ちゃんの死亡率は20年以上も横ばいで変化がないことに注目、生後24時間の間の死亡率を減少させる方法を調査し始めます。
この時に「アプガースコア(アプガー指数)」が生み出されました。(1952年)
出産後の赤ちゃんの「皮膚の色」、「心拍数」、「筋緊張」、「呼吸数」、「反射」を記録し、それを数値化、出産後、すぐに測定し、数値が悪ければ、5分ごとに継続して、その変化を観察する方法を導入、医師が赤ちゃんの状況を迅速に判断できる評価基準を設けました。
そして、1960年代からは、アメリカ全土、また、世界中に広まっていきました。もちろん、日本でも導入されています。