本日の朝、ホテルからチェックアウトする時のことです。
荷物をまとめてからスーツケースと共に部屋を出る時、忘れ物チェックをいつもの通り行いました。
洗面所も、デスクの周囲も、そして引き出しの中も何度も確認して忘れ物がないことを確かめたのです。
家に帰ってから、置き忘れてしまったものが1つだけあったことに気がつきました。
iPadの充電用ケーブルです。
ベッドのサイドテーブル近くの電源に差し込んだまま、置いてきてしまいました( ̄▽ ̄)
電源用ケーブルをホテルに置き忘れたのは、これまでに3回ほどあります。アップルの店でどれぐらいで売っているんでしょう?
この日、路上駐車をしている自分の車に戻った時のことです。
フロントグラスに何やら黄色い紙が、バンパーに挟まれてありました。
ありゃー、やってしまいました( ̄^ ̄)ゞ
駐車違反の反則切符を切られていたのです。
時間にして20分ほどオーバーしていました。
残り時間を確認しなかったツケです。
友人たちとのお付き合いがつい長くなってしまいました。
39ドルなり。
毎度どうも(^O^)/
今回も実に楽しい時を持たせて頂いたポートランド市への献金とさせてください\(^o^)/
このところ米国では、お互いにhappy holidaysと挨拶を交わしています。
少し前まではメリークリスマスと挨拶をしていました。
それですと、クリスチャンではないユダヤ教徒の方々をつまずかせてしまうのだそうです。そこで宗教的に何の意味をなさない happy holidays が誰からともなく言うようになり、町中に広がりを見せるようになりました。
シアトルの空港にクリスマスツリーが飾ってましたが、ユダヤ教徒の方々からのクレームにより撤去されたのは、もうすでに5 、6年以上の前のことと記憶しています。
本日お会いした白人女性の方は、45歳になるユダヤ人です、と自己紹介してくださいました。
彼女は別れ際に私に対して、メリークリスマスと言ってくださったのです。
思いがけない言葉に思わずたじろいでしまいましたが、そのあとで私もご挨拶を返しました。
ハッピーハヌカ。
(ハヌカはこの時期のユダヤ教徒の光のお祭りです)
あるお店に入ると、これが目に留まりました。
「あなたがさらに知恵を得たならば、あなたの思いはさらに謙遜となるでしょう。
あなたがさらに理解力を増したのなら、あなたの行動力はさらに人を助けるものとなるでしょう。
あなたの心にさらに良いものが宿っているのなら、あなたはすべての生きとし生けるものに対してもさらに大きな愛を感じることでしょう。」
本日訪問した家の壁にありました。
この通りの人間でありたいと願いました。
単純でインパクトのある言葉です。
しばらく見とれていました。
私の義父がいよいよ介護ホームに引っ越すこととなりました。
アルツハイマーと脳溢血の後遺症から、歩くのもおぼつきません。
室内で倒れてしまい、義母では起こすことができずに救急車を呼ぶはめとなったのも数日前のことでした。
そこでこの日は引っ越しの手伝いに行きました。
思い出の写真や家具、タオルや電気スタンドなどを新しい彼のホームまで搬入しました。思えばほんのわずかな所持品です。数年前まで彼の必需品であったコンピュータや本、音楽CDなどはもう不要となっていました。
自らの介護ではどうしても不十分であり、重い決断をしなくてはならなかった義母にとり、とても辛い日となりました。心痛のため昨夜は眠れなかったそうです。人が老いを重ねるとは、時に厳しい現実と向き合わねばなりません.
ホサナキリスト教会・聖書広場
マタイ福音書連続講解説教20 マタイ9章18~26節
「メシアの5つの力ある業―その②」
{メッセージからの抜粋}
先日聖地旅行から戻ってきました。
イエスが十字架にかけられたゴルゴダの丘に、現在では聖墳墓教会が建っています。その十字架がしばらく保存されていたことをガイドさんから伺いました。やがて人々はその十字架を有り難み、細かく切り刻んでエルサレム中のキリスト教会に配ったのだそうです。各教会でばその小さな木片が神のように扱われ、偶像化していきました。
かつてモーセが荒野で上げた青銅の蛇もまた大切に保管され、これが人々の注目を集め、これが祈りや礼拝の対象と偶像化して行ったのでした。
今日もしイエス様の十字架が残っていたら、もしモーセの青銅の蛇が残っていたら、もし契約の箱が残っていたら、そこには大勢の観光客が群がり、それらを神のように有り難く扱ったことでしょう。
ところがそれ自体には、何の効力もご利益もありません。
ただの木片と鋼、工作物に過ぎません。
本日の聖書には、12年間も婦人病で苦しんでいる女性が出てきます。
「お着物に触ることができればきっと直る」(21)
そう考えた彼女がそっとイエス様の背後から着物の裾に手を触れました。
ルカの福音書の平行記事には、「するとたちどころに出血が止まった」とあります(ルカ8:44)。
そしてその瞬間イエス様ご自身も「力が出ていくのを感じた」とおっしゃっておられます(ルカ8:46)。
イエスのお着物自体に、特別な病を癒す効力があったわけではのです。
大勢の人々がイエス様の体をひしめき合って押していましたが、彼らには何の変化もありませんでした(8:45)。
それでは何が彼女にだけイエス様の癒しの力を働かしめたのか。
その理由を、主ご自身が明らかにされておられます。
「あなたの信仰があなたを直したのです(マタイ9:22)。」
彼女は主イエスを旧約聖書の預言するメシアであると信じました。
メシアであるならどんな不治の病も、死でさえも克服することのできるできる方である、というのがユダヤ人の共通理解です。
その彼女の主イエスに対する信仰が、病を直したのです。
ここで「直す」というギリシャ原語は、ローマ書の中で「救う」という言葉として使われているものと同じです。
すなわち私たちが主から救いをいただくのも、同じ原理です。
著名な説教者の感動する話や、洗礼という儀式が人を救うのではありません。
あなたの主イエスに対するメシア信仰が、あなたを罪から救うのです。
メシアとして主イエスは、
❶十字架により死に追いやられ
❷よみにまで下り
❸三日目に復活された方です。
この日、タコマで聖書家庭集会がありました。
この日もkさんは、パーキンソンとアルツハイマーを併発している旦那さんのお隣に座ってました。
彼は会話はもちろん、食事やトイレを自力ですることができません。
数週間前にその旦那さんは老人ホームに入所したんだそうです。
ところがkさんは、1週間で旦那さんを家に連れ帰りました。
トイレを利用できるのにおしめを強要させられる、起立させる際無理に引っ張るので腕があざだらけとなってるのを見て決意しました。
老人ホームは現在の姥捨山となっているのでしょうか。
たとい障害を持ち、できることが限られていたとしても、人間の尊厳は減らないはずです。そのような視点と家族的な配慮を合わせ持つ老人ホームがどこかにないでしょうか?
うまく取れてませんが、太鼓叩きのダンサーです。
渋滞で目を吊り上げるよりも、音楽と彼らのパフォーマンスを楽しませてもらいました。
このごろ夕方になるとBellevueのダウンタウン周辺は渋滞がひどいです。
このあたりにお住まいの両親宅に行くのに通常なら10数分で済むのに、なんと40分もかかってしまいました。モールがあるので、皆さんクリスマス・ショッピングに忙しいのでしょう。普段なら半分以上は空いているモール駐車場も満車状態が続いています。
そのダウンタウンの目抜き通りである8thストリートで、毎年恒例のSnowflake Festivalが始まっています。
クリスマスキャロルに合わせて太鼓叩きのダンサー達が踊るショウです。
ビルの一角からは人口雪が放たれます。
午後7時からのこのショウも渋滞に一役買っているのでしょう。
PHOとは、ベトナムの米をベイスにしたヌードルです。
シアトルには多くのベトナム移民がPHOの店を経営しています。
それぞれの家族に先祖伝来のレシピがあって、微妙に味付けが違います。
うまいラーメン屋がないだけに(すみません断言してしまいました)、ヌードルがほしくなるとPHOをいただいています。
この日たまたま立ち寄ったBallardにあるこのお店は大正解でした。
ウエイトレスの方が笑顔も見せないし、英語も話してくれないので正真正銘のベトナム人であることがわかります。その方が本来のPHOを作ってくれるので、期待が高まります。
味もOK. 良い所は皆知っていて、ランチ時間は満席でした。
驚いたのは、麺の上に乗せるモヤシ等の野菜と一緒に、シュークリームが皿に載せられて出てきたこと。
甘いものが食後ほしくなる向きには絶好のデザートとなります。
さらにこのシュークリームはホームメイドであり、持ち帰りが出来ます。
なんと3つで1ドル50セント。
PHOは、大盛りの麺とスープを注文して10ドル以下というのもリーズナブル。
場所はMarketとLearyの交差点にあります。
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