信仰生活には2つの側面があります。
ビジョンに生きる面と現実に足を地につけて生きる面です。
この両者がバランスを保ってなければ健全な霊的生活は成り立ちません。
ビジョンは霊的生活の超自然的側面、現実はその自然的側面です。
ビジョンを通じて神を見、そのお言葉を聞き、臨在の中を生きるのです。
同時に現実生活においては健康や経済、人間関係などでの様々な問題に直面するものです。
ヘルモン山の山頂で主イエスの御姿が変わり、父なる神からの声がかけられた時、弟子たちはその光景の中で宗教的な高揚感、喜悦に満たされました。
その直後、山から降りた山麓にあって悪霊に憑かれた子供に悩む父親に嘆かれた弟子たちは、挫折感とフラストレーションに満たされたはずです。
ビジョンと現実、山頂と山麓、これら両者が1つとなるのは、イエスにおいてです。
山頂で光輝く雲やモーセとエリアが消えて行った時、そこに残ったのはイエスのみお一人でした。
弟子たちに助けることができないでいる時、「その子をわたしのところに連れて来なさい」と言われたイエスにおいて問題が解決されていきました。
ビジョンに接しながら、現実を生きる。
現実に生きながらビジョンに触れ続ける。
イエスとの交わりが深まるにつれてこの両者に均衡が保たれ、信仰生活が健全なものへと成長して行きます。
「光」「いのち」「ことば」であられるイエスを歓迎してお迎えしようではないですか。
「もし神が光の中におられるように、私たちも光の中を歩んでいるなら、私たちは互いに交わりを保ち、御子イエスの血は全ての罪から私たちをきよめます」(第一ヨハネ1章7節)
Portlandから自宅に帰ってみると、バスルームの改築工事がかなり進んでいた。
トイレの下水の水漏れと洗面台の排水管の未接続から大量の水が床に流れ込み床の木材はふやけてタイルを押し上げ、ドアも閉まらない状態が続いていました。
やはり床板から壁板を交換して、工事し直さねばはならない羽目に。。
出費は痛いですが、その工事ためにふさわしい業者が見つかりました。
丁寧に確実に仕事をしてくださるビルさん、今日も朝からご苦労様です。
Portlandから帰宅してみると、既に家の中にはクリスマスツリーが飾られてありました。
今年のツリーは、円錐の理想形からはほど遠く、円筒のズッシリタイプ。
これだけの枝振りなら山から切り採って担ぎ、さらに車の屋根にロープでくくりつけて運ぶのに難儀したことだろう。
聞いてみると、やはり近場の駐車場にある販売所から拾い上げてきたものだった。
かつて私が山頂でツリーを頭の上に持ち上げて運んだ時、
「ワー、すご〜い」とカイはガッツポーズを取りながら感動したものだった。
このサイズの上に体力の衰えた今となっては無理な曲芸である。
「わたしは、あなたがわたしの名をとこしえまでもここに置くために建てたこの宮を聖別した。わたしの目とわたしの心は、いつもそこにある」(Ⅰ列王記9章3節)
私が高校時代から35年以上もお付き合いのある大先輩の牧師から言われました。
「毎朝、あなたのために祈っています」
衝撃的な言葉です。
私はその方が社交辞令で言っていないことを知っています。
毎朝、私のために祈っているいる方がおられる。
なんと尊い宝物を私はいただいてることでしょうか。
先日帰国した時にその方とお会いしたのは、実に8年ぶりでした。
それほど時節がかけ離れているにも関わらず、
「毎朝」祈りの中で覚えておられる。
わたし自身は?
その先輩牧師だけでなく一体誰かの為に毎朝祈ってきただろうか。
恥ずかしい気持ちでいっぱいです。
今朝の聖句は、ソロモンがエルサレムに神殿を建立し奉献式を終えた後に
神ご自身が彼に現れて語られた箇所です。
エルサレム神殿には、常に神ご自身の目と心とが注がれている。
さらにイエスが教えられたことがあります。
イエスの霊が私たち自身の心に宿り、共に住んでくださると。
すなわち神ご自身の配慮と祈りの心が毎朝、いや常に私たちに向けられていると。
かつて神の霊である聖霊がソロモン神殿に宿ったように、
今や信者の心に聖霊が宿り、イエスの臨在される王座が設けられているのです。
これもまた、かたじけない限りである。
「あなた方の体は、あなた方のうちに住まわれる神から受けた聖霊の宮である」(Ⅰコリント6章19節)
431年エフェソス宗教会議で異端されたネストリウス派キリスト教。
どうして異端とされたかって?
キリストの母マリアを「神の母」と呼ぶことにネストリウスが反対したからだと言う。
さらにローマカトリックがしてるようなマリアに対して祈るとか、マリアの像を教会内に設置して崇めるとか言うことを一切拒否し、
マリアは人間にしか過ぎないことを主張したためであると言う。
これは至って聖書的な教えであり、現在のプロテスタントが実行している教えです。
そのネストリウス派が中国に入って景教と呼ばれるようになり、そこでは純粋な動機での福音宣教と社会の福音化が進められていた。
さらにそのずっと以前から、おそらく紀元52年キリストの12弟子の1人、Thomasがインドに入り新約聖書に忠実なキリスト教が伝えられた。
16世紀になってローマカトリックのイエズス会がそのインドに入った時、なんとその純粋なキリスト教徒を異端審問にかけては迫害•殺戮したと言うおぞましさ。
西洋から伝えられてきたキリスト教歴史は見直されなくてはならない。
コロンブスがアメリカ大陸を「発見」し、その後西部開拓団によって米国が「開拓」「発展」したと言う歴史観は西洋人からの観点であり、インディアンからしてみたら侵略と強奪・殺戮の歴史であったのと同様に。
さぁ、ここでゆっくりと仕事しよ。
部屋ではどうもヒーターからの空気が埃臭くて気になるんです。
ホテルのロビーは、集中しやすい場所で仕事がはかどります
新しくされた屋根と雨どい。
見ているだけでも気持ち良くなる。
この日この日は嬉しいことが2つ。
1つは私の奥歯にインプラントのクラウンが設置されたこと。
これで咀嚼効果が高まって食事時間も短くなるかな?
歯科医院を出た頃、キャシーからのテキストメッセージと写真画像が届く。
先週からの屋根の張り替え工事が先ほど終了し、新しい瓦と雨樋とが設置されたとのこと。
昨年から雨漏りが始まりビニールシートをかぶせていたのだったが、これからその心配からも解放される。
漏れる事からの解放が2つあったのでした。
この縁石のところで事故が起こった
「誰か、助けてくださーい」
夫人の声がする方に振り向くと、白髪の男性が歩道の縁石と車の間に挟まれる形でうつぶせに倒れていた。
駆けつけて頭を打っていないことを確かめてから彼を起こそうとする。
が、満身の力を込めても起き上がらない。
その巨体は悠に100キロを超えていたであろう。
彼の背中に私の胸を密着させて、両足を彼の胸あたりの位置に踏ん張りながら何とか起き上がってもらう。
無事に彼を車に乗せ、その後目的地で1時間ほど経ってから胸ポケットに入れていたスマホがないのに気づいた。
すぐにその場所に向かってみたが見つからない。
友人らは警察にも連絡してくれる。
「もう一度行って、その付近を探すべきだ」
その友人の勧めに従って再度訪問してみる。
すると縁石のすぐ側に黒いスマホがこれまたうつぶせで寝ているではないか。
この時の喜びは宙にも舞い上がってしまうほどだった。
ただしスクリーンがひび割れていて、文字を判読するのも苦労するほど。
このスマホの上を車が乗り上げように感じている。
スクリーンにめっちゃヒビが広がっているだけで、どんな機能も損傷していないのがまた嬉しかった
ベルビュースクエアのモールは、すっかりとクリスマスムード
iPhoneのスクリーンを取り替えるためにアップルストアへ。
うーん、確かこんな時のために保険に入っていたはずだけど、と思いながら店員のお兄さんにそのことを聞いてみた。
手元のiPadを器用に操作すると私のアカウントが表示される。
どうやら1年間の保険に入っていたようで、それが失効となるのがあと6日と出ている。
Portlandから帰宅する1週間後にしようかどうかと迷っていたのでしたが、この日に持参して大正解‼️
ときにはこんな嬉しいことも起こるのですね。
マルチンルターがヴッテンベルク城教会に95箇条の質問状を掲示してから500年。
ローマカトリック教会のヨーロッパ支配に楔を打ち込む事となりました。
ただしルター自身にはそのようなつもりは全くなく、新しく台頭してきた時代勢力が彼をして革命の旗手に仕立て上げたのでしたが。
それから17年、イエズス会が誕生しました。
いわばローマカトリックのプロテスタントに対する反宗教改革と言う流れの中での結成です。
ローマ教皇権力を世界に広めるために世界宣教が行われたとの解釈があります。
同時代に日本にやってきたフランシスコザビエルの働きも、日本を政治的に支配しようとするヨーロッパ勢力の先兵となったという見方です。
私は当時のポルトガルやスペインの宣教師たちをそのような野望と営利目的でやってきた輩とは見ていません。
十人十色ですので中にはそのような特徴を持った宣教師もいたでしょうが。
どんな情報も鵜呑みにせず、1つの情報・見解・解釈として学んでいきましょう。
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