神戸地方裁判所に出向きましたら、1階のホールになにやら展示物がありましたので、近づいてみました。
「第2回神戸地方裁判所・新春小学生書き初めコンクール」とありました。
近づいている、国民の裁判員制度の啓蒙の意味があるのでしょう。
小学生の頃から、裁判制度に対する理解度を高めていこう、との流れだと思います。
お題も、1・2年生は「くに、ほう」とかのひらがな。3・4年生は、「公正、自由、司法、正義」といった用語。5・6年生は「国民参加、裁判員制度」と、難しい用語となるのが、ミソですね。
各所轄で裁判員制度の普及・啓蒙活動を色々とされていますが、あまり実感がわいてきません。
確実に、その日は、カウントダウンしているのですが。
宇治川商店街の入り口にあるケーキ屋さんですが、何げなく通りすぎようとしたときに、<メッセージボード>が目に入りました。
ボードには、お誕生日のケーキを予約された方の名前が書かれてありました。
さっちゃん、あきさん、YUMAちゃん、ひとしくん。
どのような形のバースデーケーキか分かりませんが、店の心づかいが伝わって来るようで、きっとお味も暖かい味わいがありそうです。
心に残るお誕生日会であればなと、感じました。
創業40年。お店の名前は、「エトワール神戸」です。
本書には7つの短篇が納められており、タイトルの『懐郷』は、ノスタルジーを感じさせる言葉ですが、時代に翻弄されながらも、力強く生き抜いている7人の女性たちの人世が反映されています。
各短篇の背景は1960年代、昭和30年代後半を背景に、東京オリンピックを迎えるべく日本全体が右肩上がりの世相の中で、東北を中心とする社会背景が見事に描かれていました。
島で海女として生きる<妙子>は、連れ子の娘<啓子>と共に再婚相手の<聡介>の元に嫁ぎますが、仕事中に命綱が絡む事故に遭遇しますが亡くなった先妻<琴子>の力なのか、海で生きる女の連帯感とたくましさを描き、三宅島経由で物販が運ばれてくる御蔵島にたくましく住む<オヨネン婆>75歳、都会から田舎に引っ越した<小夜子>の野狐を通じての心の変化、膝を炒めている<敦子>は、再起をかけて出羽三山の登山に挑戦、仙台市のX橋でアメリカ兵を相手に春を売る<淑子>、集団就職をさせた中学生の教え子<聡>を心配して、岩手県から東京に出てくる教師の<貴子>等、ひたむきに生きる彼女たちの生き様が心に響く一冊でした。
今年も2008〜2009年秋冬のパリコレクションが無事に閉会しました。
「コムデ・ギャルソン」のデザインを担当された川久保玲氏の言葉が、印象に残っています。
赤やピンクの強烈な色遣いに対して、「悪趣味と言われるものにも、強さがあり、価値があるということを示したかった」とコメントされています。
一時の流行として、また限られた空間だけの影響であるファションの分野ではゆるされるのでしょう。周辺環境に関連する住宅の場合は、あくまでもわたしの主観ですが、悪趣味の一言ですませるようなものではないと感じています。
昨年の夏頃、吉祥寺に建設される漫画家梅図かずお氏の新築工事が話題になりました。
イメージカラーの赤・白のストライプ模様の外壁に、近隣周辺の住民からクレームが付き、工事さし止めの仮処分申請と、裁判沙汰にまで発展いたしました。
個人の問題であると言われればそれまで、自由社会の日本ですから、法律に抵触しなければ、どのように作ろうと問題はないのでしょう。
写真は、わたしの住んでいる町内に建っている住宅です。
一時期、電化製品で赤や緑の冷蔵庫やトースターといった、統一された色合いでの製品が販売されていましたが、今では見かけません。
ご自分の住居内での色遣いは、自由にされたらと思いますが、周辺環境に対する配慮も大事なことではないでしょうか。
お好きな色なら、先ほど述べました電化製品のごとく、何事にでも「黄色」で徹底されればいいと思うのですが、なぜか自家用車は「グレー」なんです。
この家の前を通るたびに、お好きな色に統一されないそのアンバランスさが気になって仕方ありません。
暖かな日曜日でした。新開地本通を、山側にあがりますと、視界が開ける場所に出ます。そこが、「湊川公園」です。
1905年から旧湊川の付け替え工事が始まり、1911年に公園としての今の形が出来上がりました。「ええとこええとこ聚楽館」と呼ばれる建物が出来たのが、公園完成の翌年1912年です。
公園というよりは広場で、神戸祭りなどの会場や、陶器市、実りの祭典等のイベントに良く使われています。
その公園のあちらこちらで、オジサンたちが青空将棋に興じています。ベンチの机には、くぎ付けされた将棋盤が何枚かあり、駒を持ち寄り楽しまれています。
強い人では、アマ6段ぐらいの実力者がゴロゴロおられるみたいで、はたで見ている方も真剣そのもの。ちゃちゃを入れる人もおりません。
雨でも降らないかぎり、風が寒かろうが、どこからともなく出向いてきて勝負が始まります。
それをまた、じっと眺めている人もいる不思議さ。好きなことは、寒さなんか関係ないんでしょうね。
16の章からなる料理のエッセイ集ですが、みずからの料理を通して「料理は暴力である」といわしめ、あくなき探究と好奇心と、どうしようもない飢餓心でもって書かれているのに、驚かされます。
単行本としての刊行は1992年(講談社文庫)ですが、料理全般の知識と 歴史を知る上では何の弊害も感じませんでした。
著者自身が出版関係の会社に勤めており、その関係でかかわってきた人間関係も理解でき、B級グルメとしての雑学としても楽しめる一冊でした。
ちなみに表紙のデザインはイラストレターの<安西水丸>で、著者が『太陽』の編集長を務めていたときに、デザイナーからイラストレターへの転身を進めた経緯があります。
震災後、新しく店舗を建て替えられ、営業されている花屋さんです。
お店の名前は「潤」。神戸国際会館の南側、フラワーロードの1本東側の道に面しています。
背丈ほどの植木類も販売されていますが、ほとんどのお客さんは、鉢植えのお花を買われています。
安いんです。半額とはいいませんが、一般の花屋さんに比べて随分とお得感があります。
そろそろ春先の花壇の準備もあるのでしょう。たくさんのお客さんが来られておりました。
ただ、前面道路はフラアーロードの抜け道的な所で、おちおち店の前の鉢に気を取られていると、クラクションの音を聞くことになってしまいます。
両手いっぱいに苗木を買って帰れれるご婦人の後ろ姿をみると、大きく育ってくっればと思ってしまいます。
そう、花は「元気」を与えてくれますよね。
毎月一日は、湊川神社において「一の市」が開催されます。
JR神戸駅より、山側に歩いて三分。目の前に湊川神社はあります。
神戸っ子は、湊川神社というよりは「楠公(なんこう)さん」と呼ぶのが一般的です。
本日一日は、手作りの店が境内に軒を並べる日。竹の編み細工、焼き物、木工製品等、様々な店が出店しています。
残念ながら、この催しも新しく、まだ一般的には広まってはいません。
それでも出展者同士が、和気あいあいと会話をしながらの出店の雰囲気は心がなごみ、そんな光景がわたしは好きで、ブラブラとお店を眺めながら歩いております。
なんとなく気の合う仲間が集まって飲んだ焼酎の銘柄が、「赤とんぼの詩」だったこともあり、2か月に一度に行っている飲み会を「とんぼの会」と称しています。
例会はJR神戸駅近辺で行うのですが、今回はたまには河岸を変えてとのことで、JR三ノ宮駅にての集合となりました。
JR三ノ宮駅は、阪急三宮駅と一体化した西口、中央口、東口と三か所の改札口があります。うっかり聞き流してしまいますと、当日携帯電話で、どこの改札口かを確かめるやり取りをしなければいけません。
単に中央口といいましても、神戸のメイン駅ですので人も多く、うろうろするのも煩わしいのですが、「金の鈴のところな」で理解できます。
一応中央口に天井からぶら下がってはおりますが、端の方にあり、また高い天井部分ですので、ほとんどの人は、気付かずに通り過ぎています。
阪神・淡路大震災以前の平成6年に、大阪〜神戸間の鉄道開通120年を記念して、取り付けられました。
高い場所にあるものですから、小さく見えますが、直径約50センチ、高さ約70センチで、真鍮の下地に金箔を貼り、メラミン樹脂にて保護されています。
正式な名称は”愛鈴(アイベル)”=逢い鈴にひっかけています。
JR東京駅には、「銀の鈴」があるらしいです。残念ながらわたしはまだ、どのような鈴なのか拝見できておりません。
神戸国際会館の前で、偶然見かけました<石焼き芋屋さん>です。
町中の住宅地では、防災上たき火もできなくなり、落ち葉を集めての焼き芋作りは、昨今では夢のまた夢です。
じっくりと時間をかけて焼いた焼き芋は、ほっこりとして味わい深いものですが、都会では諦めなければいけない味になりつつあります。
この手の<石焼き芋>は結構な値段で、もはや庶民のおやつとも言えず、落ち葉を集めて焼いた<焼き芋>の味を知らない世代が多くなりつつあるようです。
マイクから「いしや~き~いも~、いも」の声が流れているのですが、誰も近寄ることもなく、なんだか寂しげなお昼の景色でした。
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