〜あるインターネット上での読書会で交わした
終末論を巡っての意見交換を引き続き紹介します〜
(T様から私への応答)
高橋京太様
七つの例祭のご説明 とっても興味深かったです。
ディスペン批判者が多いサイトでこのように生の熱いお話しを読ませていただけること本当に感謝です。
このような建徳的な対話がずっとなされると良いと思いますので、今後もよろしくお願いします。
先に書きましたように、僕の関心は何よりも、「新しい天と新しい地」の実現を今から、生き生きとイメージしながら生きるということにあります。それに至るプロセスに関して見解の相違があっても、「私たちは、神の約束に従って、正義の住む新しい天と新しい地を待ち望んでいます」という告白をともにできることが何よりも大切かなと思います。
Mさんが書いてくださったパウロがテサロニケの手紙を書いた当時の時代背景を参考に、そこから「空中で主と出会う」ということの意味を考える大切さを思わされます。
テサロニケ第二の手紙2章では、第一の手紙のその個所から誤解が生まれたことを正すような意味で記されています。
長くなって恐縮ですが、以下はライトさんの一般向け注解を参考にしながら書いたメッセージです。
2章初めからは、「その日」の理解に対するテサロニケの信徒たちの誤解を正す勧めが、「さて兄弟たちよ。私たちの主イエス・キリストが再び来られることと、私たちが主のみもとに集められることに関して、あなたがたにお願いすることがあります」と記されます。
「再び来られる」は、原語でパルーシアと記され、「王としての現れ」を意味します。これは何よりも、第一の手紙4章15-17節の追加説明です。そこでは、主の現れ(パルーシア)のときに、死者が復活するとともに、生き残っている者たちも栄光のからだに変えられ、「空中で主と出会う」ということが記されていました。
それは同時に、イエスご自身が言っておられたようにエルサレム神殿の崩壊を初め(マルコ13:2)として、目に見える世界の秩序が過ぎ去る、世界の終わり時と思われていました。
彼らは自分たちが気づかないうちに、「主の日がすでに来たかのように言われるのを聞いて・・落ち着きを失ったり、心を騒がせたり」していました(2節)。現在も、「大地震や放射能汚染で世界の終わりが来るかもしれない、こんなことをしていて良いのだろうか・・」と思う人がいるかもしれません。
それに対し3節の原文では、「主の日」ということばが省かれながら、「だれにも、どのようにも、だまされないようにしなさい・・・それは起こりえないからです。まず背教が起こり、不法の人、すなわち滅びの子が現れなければ」と記されます。
そして続けて、「滅びの子」に関する説明が、「彼は、すべて神と呼ばれるもの、また礼拝されるものに反抗し、その上に自分を高く上げ、神の宮の中に座を設け、自分こそ神であると宣言します」(4節)と説明されます。
つまり、私たちが注意を向けるべきことは、主の再臨がいつになるかということよりも、今ここで、私たちの信仰を揺るがそうとする悪の力に目を開くことなのです。
この「背教」とか「滅びの子の現れ」は、既にダニエル11章32-37節に記されており、第一義的には紀元前168年にエルサレム神殿にゼウス像を建てたシリヤの王アンティオコス・エピファネスを当時は思い起こさせました。ユダ・マカベオスは武力闘争を展開しましたが、アンティオコスは戦いによってではなく、突然の病で倒れました。
そしてまた、パウロがこの手紙を書く約10年前、ローマ皇帝カリグラは自分を神格化し、ついには紀元40年にエルサレム神殿に自分の像を置くようにと命じました。幸いユダヤの王ヘロデ・アグリッパがそれはユダヤ人の激しい独立運動を起こすと必死に助言し、実現はしませんでしたが、間もなく、カリグラは部下によって暗殺されるというようなことが起きていました。
そればかりか、この手紙の十数年後には皇帝ネロが現れます。紀元64年にローマに大きな火災が起きますが、ネロはそれを起こしたのが自分であるとのうわさを消すために、その責任をクリスチャンに負わせます。
そして、その迫害の中で、間もなく、ペテロが捕らえられて逆さ十字架で殉教し、またパウロ自身も捕らえられて首をはねられた記録されています。その後、ネロの狂気はますます進み、各地で内乱が続き、ユダヤでも反乱が広がります。その後、ネロは68年に自殺に追い込まれます。
その後、一年の間に四人が皇帝を名乗るようになります。そして、最終的に勝利を収めたヴェスパシアヌスは紀元70年にエルサレム神殿を滅ぼします。それは、当時の人々にとっては、まさに旧約が繰り返し語ってきた「主の日」が実現したことを意味します。
パウロはそのような大迫害が起きることを御霊によって示されながら、迫害への心備えをさせたのだと思われます。
6-8節で彼はまず、個人的に、「私がまだあなたがたのところにいたとき、これらのことをよく話しておいた」と彼らの記憶を呼び起こしつつ、「不法の人」の現れを、「いま引き止めているものがある」と言いながら、同時に、「その時になると、不法の人が現れますが、主は御口の息をもって彼を殺し、来臨の輝きをもって滅ぼしてしまわれます」と、「不法の人」のあっけない滅亡を予告します。
それは上に記したすべての横暴な独裁者たちに当てはまります。ダニエル書でも黙示録でも、信仰者への厳しい迫害の時期は、驚くほど短期間のうちに過ぎ去ると描かれています(しばしばその期間は「三年半」に相当)。
たとえば、第二次大戦下の日本でもホーリネス教会に対する激しい弾圧が起きましたが、その三年数か月後には終戦になり、反対に、キリスト教ブームに変わりました。
ですからここに記されていることの中心は、「不法の人の現れ」から、「主の日」がいつになるかを予測できるなどという未来予測の話しではなく、信仰者への迫害や惑わしは、いつも繰り返し起きることの覚悟を求めることにあると言えましょう。
キリスト者がこの世に誘惑や迫害に会うことは決して想定外ではありません。そのことが、9-12節に記されています。そして、その趣旨は、それを通して私たちの信仰が練りなおされ、神への愛が成長させられ、信仰の完成へと導かれることにあります。どの家族においても、どの共同体においても、苦難を共有することによって愛の交わりが成長するものです。
「空中で主と出会う」の意味は以下の通りかと思います。
「空中で主と出会う」とは、空中に住まいを得るためではなく、主とともに天から下ってくるためです。
「空中」は、「空中の権威を持つ支配者」(エペソ2:2)というサタンの権力の現れる場ですが、その空中にキリストの支配か貫徹されるのです。
そして、最大の慰めは「このようにして、私たちは、いつまでも主とともにいることになります」という保障です。
現在は、キリストが天におられ、私たちがこの混乱に満ちた地にあり、空中がサタンの領域という分裂状態がありますが、主の栄光の現れの時には、天と地が一つにされるというのです。
そして、パウロは、「こういうわけですから、このことば(複数)をもって互いに慰め合いなさい」と述べました。私たちは天国に引き上げられて主をたたえながらハープ演奏を聞いてくつろいでいるような天国観を抱いてはいないでしょうか。
私たちはキリストとともに「新しい天と新しい地」を「治める」のです。そこではエデンの園にあったように労働が喜びになります。また、互いの弱さを隠すことなく、そのままの存在を喜び合うことができます。
それは愛の交わりが完成する場所です。そこで夫婦関係が見られないのは、愛を学ぶ地上の学校を卒業したからです。
(私からの応答)
T様
「新しい天と新しい地」の実現をイメージしながら、今よりその約束を待ち望んでともにその希望に生きれることこそが重要であるとのご指摘に同感です。
そこに至るプロセスの見解に相違があったとしても、瑣末のことに過ぎず、「それが何だっていうの」ほどのことではなかろうか、と感じています。
オシメを川で洗うのに一生懸命のあまり、大切な赤子を流してしまう愚かさは警戒したいです。
それゆえこれからのわたしの反論はお気軽に受け流してくださいませ。
本日は感謝祭休日ですので、私もお遊びのつもりで投稿させていただいています。
主イエスにあって同じ希望を共有出来ることに連帯性を覚えながらの投稿です。
ライトが確かマタイ24章の終末預言はAD70年のエルサレム崩壊ですべて成就していると何処かで言明していたように記憶しますが、そこは賛同出来ない点です。
①7節「民族は民族に、国は国に敵対して立ち上がり」との表現はユダヤ的なイディオムであり、世界大戦を意味しているとのメシアニックジューの解説からです。前節の「戦争、戦争のうわさ」が地域戦争であるのに対して、「世の終わり」(6節)のしるしが世界大戦であるとの預言。それが「産みの苦しみ」として勃発して以降、世界大の飢饉や地震などの天変地異が増して行くとの預言。その世界大の、多くの民族を巻き込んだ戦争が1914年の第一次世界大戦。つまり、オリーブ山教説での「終末」は、1914年に始まっていると言えます。
②14節「福音は全世界に宣べ伝えられて、全ての国民にあかしされ、それから終わりの日が来ます」
この1世紀の段階で福音は新大陸にも日本にも届いておりません。それは。AD70から2千年以上経過していないとあり得なかった段階です。
③21節「世の初めから今に至るまで未だかつてなかったような、またこれからもないようなひどい苦難がある」との預言は、将来の大艱難時代に適用されるものといえます。ヨセフォスが70年のエルサレム崩壊では約100万人ほどの市民が虐殺されたとの記録を残していますが、ホロコーストでは600万人のユダヤ人が犠牲となりました。21節の苦難がエルサレム崩壊時のことを言っていないのは明らかです。
そもそもこのオリーブ山教説は弟子らが3節で掲げた質問に応えているものであり、70年の事件の範疇に押し込めるのは無理があります。
「世の終わりとその前兆」については、24:4-8で主はお応えになられています。
「あなたのこられる時とその前兆」については、大艱難時代の到来を告げています。
9-14が前半の3年半
15-30が後半の3年半です。
その両者の境は「荒らす憎むべきもの」像をエルサレム神殿に反キリストが設置した時となっています。15節。
T様は、この反キリストを、アンティオコス、カリグラ、ネロ、ヴェシパヌスであるとされておられます。その独裁者のユダヤ人やキリスト者への迫害が約3年半ほどの短期間しか続かなかった歴史的な経緯を当てはめて、「未来予測の話ではなく、迫害がいつも繰り返されること」であるとされておられます。
が、、、、
果たしてそうでしょうか?
ここで言われている反キリストはⅡテサロニケ2章の「不法の人」「滅びの子」のことであることには全く同意できます。
彼らは自殺や病で死んだと教えてくださいましたが、誰一人として「主が御口の息吹をもって彼を殺し、来臨の輝きをもって滅ぼしてしまう」(8)最期を遂げていません。
マタイ24:とテサロニケ2:が言及している滅びの子とは、大艱難時代の中間期に出現する反キリストであると私が結論している根拠です。
大艱難時代の最後に彼は直接、再臨のメシアによって滅ぼされます。 黙示録19:20
反キリストの霊をもった、そのような悪魔の化身ともいうべき人物は高橋様の言われたような人物たちが当てはまるし、使徒ヨハネもそれを指摘しています(1ヨハネ4:1-5)
しかし、このマタイ、Ⅱテサロニケ、ダニエル9章、そして黙示録が預言している反キリストとは、固有名詞の一人をさしていると考える他ないというのが現在のわたしの立場です。彼の名は666のユダヤ名であり、創世記3:15にて頭を踏み砕かれるサタンの子孫です。
私どもの解釈の相違を生み出す元は先述のとおり、
「聖書を字義通りに解釈するか、比喩的に拡大解釈するか」によって決定せられていると言えないでしょうか。
マタイ24:16によれば、反キリストが神殿に偶像を据えて激しいユダヤ人迫害を始めたら、「山」へ逃げろと言われました。
オリーブ山から眺めて山が見えるのはヨルダンの山地です。
そこのペトラ(ヘブル語ではボツラ)という地区に彼らは逃れるようになります。
ミカ2:12 でその逃れの場所を、「おりの中の羊」と訳出してしまっていますが、ここは音読みのまま「ボツラの羊」と訳すべきものです。ASVがそのように訳出しています。
ダニエル11:41にある大艱難時代のユダヤ人の逃れの場所としてのヨルダン川東岸と一致しています。
3分の1のユダヤ人らがそこで生き延びますが、彼らも銀を練るような試みを通った後に回心します。(ゼカ13:8-9)
その場所は、1260日(3年半)、彼女(ユダヤ人であって置換神学者の言う教会ではありません)を養うために神によって備えられたところです。(黙示録12:6)
アー、流石に疲れてきました。
私が千年王国前にラプチャーが起こるとしている理由を述べようと思いましたが、
過去にまとめたものを紹介するだけにさせてください。
III 携挙の時期: 艱難時代前である
1) 聖書の構成から
艱難時代の言及箇所に「教会」は一度も出現していない
艱難時代に聖徒が存在することが教会がそこに存在している証拠にならない 黙示録 6~18 章は艱難時代を扱っているが、そこに教会という語は一つもない 教会の重要性、黙示録の構成からしてそれには大きな意味がある
2) ルカ 21:31~34
地上に住む全ての人に艱難が襲うとのユダヤ表記である 「人のこの前に立つ」とは天においてなされること(35)
3) Iテサロニケ 1:9~10
一般的な意味の「御怒り」:ローマ 1:18
艱難時代の「御怒り」:黙示録 6:17、14:10,19、15:1
文脈では将来に関することなので、艱難時代のことである
教会を艱難から救い出すという特定の目的のために来られるのである
4)Iテサロニケ 5:1~10
神の御怒りに教会は予定されていない(4) 携挙(4:14~18)直後に論じられている
「しかし」:peri de (1) : コントラストを強調する接続詞 携挙の慰めに対して、主の日とは神の御怒りの日である
マタイ 24:36「ただし」も peri de、本来は「ところで」と訳出されるべき Iテサロニケ 5:8 節、9 節の「救い」は未来形であり、それは終末的なもので ありからだの購われるとき、つまり携挙のときを指している
5)黙示 3:10
「試み」とは文脈から艱難時代である 教会はその艱難時代から保護される
http://wdx.hosannamin.org/uploads/2014/06/06/教会の携挙%E3%80%80V.75%E3%80%80マタイ24章9~14節.pdf
ラプチャーによって教会は天に引き上げられ、その後7年間の大艱難時代が地上を襲い、主の地上再臨とともに新約時代の聖徒らが地上に帰ってくるとの論拠です。
http://wdx.hosannamin.org/whatsnew/view/4364275
(M様からの応答)
高橋京太さま とても詳細なコメントありがとございます、本当に勉強になりました。また、こちらの読書会で色々な意見を出しあえるのも感謝なことですね。また、「聖書を字義通りに解釈するか、比喩的に拡大解釈するか」とのご意見もその通りと思います。私もバーナード・ラムの「聖書解釈学概論」などでこの辺りは大変勉強させていただきました(分からない・覚えていないことの方が多いですがww)。なので、共感します。また、最近ことば社が出た聖書解釈の本も良さ気ですよ~(本の宣伝になってしまいました笑)。
この日のランチ。この巨大さでも、さいしょうのSサイズ。
5分の4ほどをようやく制覇。
夕食はたまらずに日本レストランへ。
雨降る冷たい日は暖かなものに惹かれる。
ランチに食べたピザ。
ただ胃にもたれて、疲れてしまう。
一人では食べきれない大きさ。
これで最小サイズである。
夜はここぞとばかり、しげぞうレストランへ。
寒い夜には暖かなものが良い。
サムライ鍋焼きうどん。
ヘルシーだし、満腹感を得られる。
米国系レストランでは、胃袋が受け付けない。
最近それが明白。
加齢とともに、日本人としての正体?もはっきり出て来るらしい。
この日はいつになく疲れていて、
夜10時から始まるNHK・黒田官兵衛を見ることなく就寝。
ビデオに録画されていたと思っていたが
翌日になってそうでないことを知って、ショックを受ける。
関ヶ原の戦いは始まったのだろうか?
黒田家の命運を決する戦いであり、官兵衛が天下を狙う最後のチャンス。
これまで付き合って来た官兵衛さんを応援できないとは、寂しい限り。
インターネットで視聴出来る方法があるのかな?
岩上敬人先生による、Eラーニング講座・
「使徒パウロの足跡をたどるーパウロの手紙を深くじっくり味わうために」
8回の講義・提出課題のあった中で、
私にとって最も刺激的で有意義であったと思われた一つを紹介します。
それは、第3週目のディスカッショントピックでした。
【二つのディスカッショントピックの課題】
(1)資料1を読んで、パウロの回心について、今まであなたが理解していたものと違っていたら、どこが違うかを述べてください。もし「パウロの回心はこのようなものだった」とあなたが考えるものがあればそれも書いてください。
・・・・・・・・・・・・・・
(2) 資料1には、「自分の犯した罪の大きさ、また罪深さは、十字架経験によって本当 に理解できる」とありますがそれについてどう思いますか。そのような経験をしたことがありますか。もしあれば書いてください。(詳しく書く必要はありませ ん。)
【私はディスカッショントピック⑴を選んで、以下のように応答しました】
今回の学びを通じてパウロの回心がどのようなものであったか、大きな示唆が与えられ、また漠然としていたことにも鮮明さが与えられたようで感謝しています。
テキストには、
「パウロの回心は私たちが経験するような、個人の罪深さを自覚し、個人の罪の赦しを求めて、主イエスと出会ったという回心ではありませんでした。
つまり、回心する前、ルターやウエスレーのように自分の罪深さや霊的な苦しみ、内的な罪の意識に苦しんでいたとは思えません。」
との御見解がありました。
私は長い間、漠然としてではありますが、内的な罪の葛藤に苦しんだ挙句、
ダマスコでのイエスとの出会いに至ったと考えていたようです。
宗教改革後のプロテスタント教会の神学的な潮流に身を晒していた者の一般的な見解であると言えるでしょうか。
その根拠として、ローマ7章にある「私」が罪責感に激しく苦悩しているところが影響していたように思います。
その「私」とはパウロの信仰後の告白か、信仰前の告白かの議論はありますが、パウロ個人の正直な内情の吐露であると考えておりました。
真に「私」が誰であるかを理解するためには、パウロの用いている修辞的技法を知る必要があると説いておられます。著書のP210。
その「私」表現は、当時の世界で使われていた勧告的修辞学の人格体現化という技法であるというご指摘に目からウロコが剥がれたようです。
彼が演じていた人物とは、
7:7-13では、アダムであり、
7:14-25では、アダムにある人間であるとのこと。
それがローマ6ー8章で、
アダムとアダムにある人間、
キリストとキリストにある人間の対比を一貫して説いている文脈にも合致することからうなずくことができました。
さらに、この「私」がユダヤ人パウロやクリスチャンパウロではなく、その良心の葛藤を書いたのではない根拠として、岩上先生はパウロ自身が書いた他の書簡での自身の告白を上げておられます。ピリピ3:6、使徒23:1
「律法による義についてならば、非難されるところのない者である」
と胸を張った人物が、
どうして罪責感に悩んだ末に回心したと言えるか、
とのご指摘に賛同する者です。
彼の回心は重たい罪の罪責感から解放されたものというよりも、
新しい神概念の啓示によって、これまで培って来た契約や律法理解をさらに大きな次元から包み込むような完成された契約・律法概念を把握したものと言えるのではないでしょうか。
岩上敬人先生による、Eラーニング講座・
「使徒パウロの足跡をたどるーパウロの手紙を深くじっくり味わうために」
8週間コースが今週で終了しました。
毎週、課題図書を読んで設問に応える課題が出されました。
二つの設問のうち一つを選んで応えます。
それをネット上に投稿しますので、講師と全ての受講者が閲覧することになります。
理解を増すために、講師の岩上先生がその部分を15ー20分ほどにまとめ上げた講義を拝聴。
さらに、地図や年表、図表などを含む文書もアップされていて、私のようなものでも落第しないよう、「これでもか!」と言わんばかりのサポート体制が幾重にも施されていました。
それぞれが他の受講者の提出課題にも最低1回は応答することも義務付けられていて、
議論が深められて行きました。
その週の課題を終えると、
講師による総評がビデオや文書でアップされます。
さらに「講師への質問コーナー」があり、課題とは直接関係のない受講者の問いにも懇切丁寧にお応えいただいて重複的に理解が進んで行きました。
毎週の課題に取り組んで行く中で段々とパウロさんが近しい人に感じられるようになり、
大袈裟に言えば、その息づかいまでが聞こえて来るような感覚です。
8回の課題の中から私が最も有意義な学びであったと感じているものを
お分かちしたいと思います。
それは、「パウロの回心」についてです。
またこれに関連するローマ7章14節以下の「私」についての論考でした。
ヘレニズム的教養人であったパウロが、
当時のギリシャ・ローマ文明の知識人が多用していた修辞学(rhetoric)的な手法
を採用しながらローマ書を執筆しているとの視点は、
聖書解釈において中心軸となるべきコンセプトであると認識しました。
「ユダヤ的視点」による聖書解釈とは、
ローマ書において「ギリシャ・ローマ的視点」と同一のコンセプトであり、
それは聖書が執筆された時点の社会・文化的な文脈を
掘り起こして行く作業であると理解します。
講座での課題とこれに対する私の応答を紹介させていただいて、
その聖書解釈手法の重要性を皆様ともシェアしたく思います。
その前に、その課題のキモとなっている部分を岩上先生の
「パウロの生涯と聖化の神学」から抜粋します。
「さて、ローマ7:7-25の『私(一人称単数・エゴー)』という表現について、
聖書解釈の長い歴史の中で、様々な見解が出されてきた。
『私』とはパウロ自身を指し、パウロ個人の内面の告白であると解釈する。例えば、クリスチャンになる前のユダヤ人としてのパウロであり、キリストを信じない者の心の葛藤を描いているとする。
あるいは、『私』とは信仰をもった後のパウロであり、クリスチャンの心の葛藤を告白しているとする。
次に『私』とは、パウロ自身を指していないという解釈もある。つまりパウロの個人的な内面の告白ではなく、信仰をもっていないユダヤ人を代表している、あるいは肉的なクリスチャンを代表しているなどの解釈もある。
…………………………………(略)…………………………………
ローマ7:14-25を理解するためには、パウロが用いている修辞的技法を知らなければならない。パウロは、ディアトリベ(対話形式)など、その当時使われていた修辞学を駆使してローマ書を執筆しているからである。
7章でパウロが用いている『私』という表現は、当時の勧告的修辞学(deliberative rhetoric)でよく用いられていた「人格体現化」(プロソーポポエイア)という技法であると考えられる。
人格体現化というのは、面を被って他人を演じること、ある人物になり切るという修辞的技法である。つまり7:14-25で、パウロは自分の内面を吐露しているのではなく、『私』という表現を用いて、誰かを演じている。
その人物とは、
アダムであり(7:7-13)、
アダムにある人間である(7:14-25)。
これまで観察してきたように、パウロは6ー8章の中で、一貫して『アダムとアダムにある人間』、『キリストとキリストにある人間』の対比を描いている。
ローマ7章で描かれている『私』とは、アダムにある人間である。
『私(アダムにある人)』は罪の支配の中にいるので、正しく聖なる律法でさえ、私が罪の虜になっている現実しか見せてくれない。
『私は、ほんとうにみじめな人間です』(7:24)という悲痛な叫びは、罪の力に支配されている『アダムにある人』の敗北宣言である。」
《パウロの生涯と聖化の神学 ・ P.209-212から引用》
〜 長くなりましたので、次回に続きます。〜
地中海に沈む夕日
引き続き神学者たちとの終末論に関する意見交換を紹介します。
(M様からの応答)
このスレッド、色々学ばせていただき感謝です。
「イスラエルの7つの祭りを学ぶと見事に終末プログラムと合致している」との意見、そういう解釈もあるのかなぁと思いました。なるほどと。
同時に、(1)~(7)の終末論的プログラムが、当時の異邦人にも分かるように新約聖書で明確に書かれている箇所はどこだろうか?と、思いました。
また、五書で言及されている祭りが、こういう終末論的プログラムで読むように著者が意図したのかなぁ?とも素朴に思いました。
よく勉強していないので分からない所も多いので恐縮ですが、旧約聖書の祭りは何らかの意味で終末に関係していると思いますが、こういう終末論的プログラム・タイムスケジュールまで展開する解釈は難しいのでは?とも感じました。
同じ福音主義の枠内でも、終末論や黙示文学解釈は非常に意見の分かれるところと思いますので、関心あります。ご批評ください。
(私からの応答)
7つの例祭がイエスの来臨をよ表するもので、
春の4つの例祭は初臨を、秋の3つの例祭は再臨をよ表しています。
しかしそれを直接言及している箇所は新約聖書には見出されません。
これら7つが例祭として、ユダヤ民族が世世に渡り守るようにとの教えは、
レビ23章にまとめて見出されます。
私はメシアニックジューの学者によるヘブル的な視点での聖書解説から学びましたが、異邦人の我々には例祭がどんなものか不案内ですので、それらが神の救済プログラムを網羅し、よ表していると気づくことはないはずです。
もっとも、毎年例祭を繰り返して来たユダヤ民族自身も、それがメシア来臨を雛形としているだなんて考えも及ばなかったことでしょう。
過越の祭りの際に十字架の死を遂げることはイエス以外、誰も想定できていません。
主はそのご自身の「時」(ヨハネ2:4、7:6、8、30、8:20)を見定めながら公生涯を歩まれました。
メシアが贖いの死を完成させるには、ただ刑死するだけでは不十分なのです。
二つの条件が満たされなくては父なる神が受け入れる贖いになり得ません。
旧約聖書預言から、その一つは木にかけられて呪われたものとされること、
もう一つは過越の祭りにおいて殺されなくてはならなかった、と言えます。
その通りにニサンの月の14日よる、弟子らと共に最期の晩餐で過越の祭りの食事をされ、翌日の9時に祭司らが神殿で過越の羊を屠る時刻に主は十字架につけられました。
そして信者の初穂として復活をされたのは、初穂の祭りの当日でした。
これらは弟子たちには全て想定外の事柄ですが、主にとっては計画通りのものでした。
さらに聖霊の降臨については、弟子たちに「もう間もなく受ける」ので「エルサレムを離れずに祈れ」と主はお命じになられましたが、その日時には言及されていません。
これら初臨の出来事が全て春の例祭に重ねられたものであり、時期ばかりでなくその祭りが意味しているとことを主が十全に成就されたとの認識は、弟子たちが聖霊体験をした後に、過去を振り返って初めて気がついたことです。
その後の秋の例祭までには約4ヶ月間ほどありますが、その間に命じられていることは、在留異国人や貧弱のために畑の隅々まで刈入れてはならないこと。これが異邦人に福音が及ぶ教会時代と重なります。
ティシュリ(7月)の月の1日に長くラッパを吹き鳴らしてラッパの祭りが始まりますが、それはラプチャーの際に天使がラッパを響き鳴らして始動することの雛形となっています。
1テサロニケ4:16,1コリント15:50-58
同じ月の10日に贖罪の日という祭りがありますが、ユダヤ人にとり断食と悔い改めの日であり、苦悶の日です。これは、大艱難時代をよ表しています。
同じ月の15日に仮庵の祭りです。
荒野の旅を記念すると同時に、粗末な仮庵に住んで恒久的な住まいであるメシア的な王国(千年王国)を待望する時でもあります。
その時、雄牛が70頭捧げられますが(民数29:12-34)、それらはノアの子供らから派生した70の異邦の国々を象徴するものです。
千年王国のときには、世界中の異邦の民がエルサレムにて仮庵の祭りを祝うために集まるようにもなります(ゼカリヤ14:16-19)。
ユダヤ人らはこれらの預言的な意味を知らないまま例祭を現在でも祝っているのです。
やがて彼らはその意味を悟る時が来ます。大艱難時代の最終幕で彼らがイエスをメシアと信じて受け入れる時です。そのメシア待望の彼らの声に応えてメシアが地上に降り立つのです。その時はすでにラプチャーによって天に引き上げられていた新約時代の聖徒らとともに降りてこられます。「主は千万の聖徒を引き連れて来られる」(ユダ14)
イスラエルは神にとって「選ばれた種族、王でる祭司、聖なる国民、神の所有の民」(1ペテ2:9)であり、その選びと賜物、召命とは変わることがありません(ローマ11:29)。
ゆえに例祭の中にも、彼ら自身にも気が付かない預言的な内容が隠されていたと言えるのではないでしょうか。
さらに、彼らの数千年来守ってきたユダヤ式婚礼の順序と方法の中にも同様な隠された預言的な意味が汲み取れます。それを見れば聖書の教える終末プログラムのシナリオを見事に体現しているのに驚かざるを得ません。
http://wdx.hosannamin.org/page/seisho-34
本来ここは読書会のページなのに長々と書いてしまい申し訳ありません。
(M様からの応答)
長文の返答に恐縮です、ありがとございます、色々勉強になりました。感謝です。
共感する解釈もありますが、例祭が終末プログラム・スケジュールを
「直接言及している箇所は新約聖書には見出されません。」となると、
それは絶対の解釈・教理というより一つの解釈となるのではないかなぁ、と思いました。
新約をユダヤ的視点(この言葉の定義も重要ですが…)で読むことも共感を覚えます。同時に、パウロ書簡などを読むと、異邦人クリスチャンが対象という面もかなり強いと思います(異邦人と言っても、日本人の私たちより旧約聖書のことを知っていたと思いますが)。
すると、旧約聖書に精通していたパウロが、異邦人信者が多い教会に、「実は例祭が終末プログラムと合致しているのだよ!」と旧約聖書を引用し、明確に書いていないのは「?」と、思いました。
テサロニケの手紙Ⅰにも、直接的に例祭が出てきていないと思いますし、「引き上げられる」の解釈もこのスレッドを見ると色々分かれると思いますが、このフレーズを一人歩きさせてしまうと、パウロが2000年前の特定の歴史・文脈・課題の中にいたテサロニケ教会へのメッセージが見えなくなってしまう可能性もあるのかなぁ~と思いました。
この文脈のパウロの強調点や意図は他のところにあるかもしれない、という考えも十分成り立つかもと素朴に感じました。
あっ、決して誰かの非難とかではなく、私個人も関心あるテーマなので、色々書いてしまいました、すみませんww。高橋先生のコメントを拝見し、本当に教えられることが多く、感謝です。整理できたことも多かったです。
(私からの応答)
M様
率直なコメントをありがとうございました。
パウロ書簡で、異邦人らにイスラエルの例祭が預言の雛形であると直接言及がないので、、、とのご指摘。
それには理由があるように思われます。
先述したように主はご自身の十字架、復活、そして聖霊降臨を意図的に春の例祭タイムテーブルに合致させたにもかかわらず、弟子たちにはあえてそれを隠されたのです。
それと同じ理由が…
もし弟子たちに祭りの預言内容まで詳細に語ってくださっていたら、十字架捕縛の際に逃げ出したりせず、復活を確信できて死をも恐れなかったかもしれません。。。
さらにこのスレットで話題となっている、終末的な千年王国成就のプログラムを数式のように明瞭に順位立てて教えてくれていたら、議論百出せず、誰もが安心して終末を迎えることが出来るではないでしょうか?
さらに三位一体や、人の意識vs神の選び、イスラエル今も選びの民なのか、捨てられた民なのか、といった類の神学論争も、聖書の中に僅かのヒントしかないがために、そして両者を肯定しているかのような書き方が随所に見られるがゆえに、見解まとまらず論争付きず、教会分裂まで引き起こしてきたのが我々キリスト教会の歴史であったと言えましょう。
なぜ神様は議論の余地ないほどに明瞭な信仰綱領をカルビンがしたように残さずに、書簡や物語、旅行記や詩歌、幻を見た体験記(黙示録のこと)の体裁文書を我々には与えられたのか。。
私はここで神様に代わってその理由をお知らせしようだなんて大仰なことを話すつもりは毛頭ありません。
一つ言えることは、もし信ずべき信仰箇条や終末プログラムが簡略されて羅列されていたら、人は学ぶという行為を捨ててしまうのではないでしょうか。
求道中の方がいとも容易く神を信じられたのなら、激しく葛藤しながら神を求めるというプロセスはなおざりにされる。結果的にひ弱な信仰しか育たないことと関連するかのように。。
神からのチャレンジと言えるかもしれません。
@理屈で割り切れない教理も、わたしの言葉ゆえに受け入れるのか?
@聖書という大海の全貌を見極めるほどの努力や探究心を保つのか?
@終末については僅かの言葉を預言書に与えた。その僅かさをつなぎ合わせて統合された世界観を構築するだけの注意深さを払う用意はあるのか?
@理性で判断するのではなく、貴方の最終権威をわたしの言葉に賭けるのか?
「これは、神を求めさせるためであって、
もし探り求めることでもあるなら、神を見出すこともあるのです。」(使徒17:27)
説教調の様な文書になってしまっていたら、申し訳ありません(^_^)
シアトル近郊の日本人教会で仕えている牧師たちのクリスマス会がありました。
定例の祈祷会では牧師だけなのですが、
このクリスマス会では家族同伴での出席。
1年ぶりにお見受けするご婦人やお子さん達。
その成長ぶりには目を見張るものがあります。
話の自然な流れから、
結婚50年、46年、30年、17年(私たち)、15年、15年、
そして4年を迎えたご夫妻がいることが分かりました。
夫婦の葛藤や円満の様子をそれぞれがお話下さると、
まさに神様の恵みがこれまでの歩みを支えて来て、今があるのが納得。
相方を労わる優しさや知恵の言葉の数々に包まれた宵となりました。
引き続き、神学者たちと交換した終末論に関する意見交換です。
(私への投稿)
高橋様
僕のお友だちや所属教団の中には、
高橋様と同じような見解を持つ人はたくさんいます。
僕は二十数年前に、より明確なディスペン主義者から、「T先生は、エゼキエルの神殿の完成の預言を文字通り信じていない・・・そんなリベラルな神学を奉じる人とは一緒にやってゆけない」と教会の公の場で批判を受けたことがあります。
また牧師の友人からも、「T先生は、それでも福音自由の信仰だと言うのですか・・・・」などと批判されたことがあります。
でも、幸い時代が変わり、最近は、僕のことをそのように言う人はいなくなりました。時代が変わってきたのだと思います。
僕の方からは、そのようなディスペン信仰に立っている人を退けたことはありませんが・・・
テサロニケの文脈ですが、1章10節でも、問題の箇所の直前の4章16節でも、大枠の文脈は、主が天から下って来られる・・・ということがテーマになっています。
ところが携挙なる概念を入れると、この箇所を、「空中再臨」という解釈をせざるをえなくなります。
王が自分の植民都市に来るように、王であるイエスがこの地に目に見える支配を明確にするために降りて来られる・・・というのはまさにテサロニケの文脈そのものですし、黙示録のエルサレムが地に下るというイメージともあいます。
僕が残念に思うのは、空中再臨などと言う聖書に明確にはしるされていない概念を作ることによって、明確に繰り返されている「新しい天と新しい地」のゴールがぼかされてしまうことです。
すべてのクリスチャンは、「新しい天と新しい地」をゴールとするという点では一致出来るはずなのに、それに至るプロセスの理解の違いが前面に出すぎて、互いの相違が大きく見えすぎてしまう。
僕はそれを何よりも避けたいと思っています。
ここはライトさんの本の読書会なので、ラプチャー批判を堂々としてしまいますが、ふだんはそんなことを話題にはしません。
ただ、それでも、僕のメッセージを聞いて、ラプチャーを信じていないことにお気づきになり、批判してくる人が過去にいたこと、それをもって、僕をリベラル呼ばわりする人がいた・・・
そんふうな応酬にはなりたくないと思っています。
(私からの応答)
T様
リベラル呼ばわりされて断罪されたとはご愁傷さま?でございました。
ある神学ラベルを貼り付けて片付けようとする向きが行き着く最終地点は、
中世のカトリックの魔女狩りでしょうか?
アナバプテストの教理ゆえに捉えた信者を溺死させたカトリックの宗教弾圧などは、どちらが魔女の蛮行か今なら明らかでも、当時の情勢下では「神のために熱心」ゆえに正当化されていたようです。
程度の差はあっても、私たちも同様の愚かさや過ちに陥ってしまいやすいものなのでしょう。私も高橋様と似たような経験があり、私の神学的な主張を十分に理解しないまま「極端なディスペンセイション主義者だ」と教団内で断罪されたことがあります。
この読書会ではそのような大人気ない過ちは避けたいと考えます。
私は高橋様がラプチャーを否定しようとも魔女とは考えませんし、改宗させようだなんていう無謀な野望は抱いておりません。
主にある兄弟として尊敬申し上げておりますし、こうしてFBにて議論を戦わせる機会に感謝しております。
お互いに「聖書を誤りのない神の啓示の書である」とみなす聖書信仰が有る限り、議論も意味があることと考えます。
先に挙げられた聖句は間違えなく主の空中再臨を教えていると、私も同意します。
ゆえにラプチャーの教えが抽出できることになります。
その直後に高橋様は、「空中再臨などという聖書に明確には記されていない概念」と断じておられるところが理解できません。
主イエスが天から来られるのは、やがて来る御怒り(艱難期)から私たちを救い出すため(テサ1:10)ーーーラプチャーゆえに信者は艱難期の苦しみを通らずに済むのであると聖書は明言していないでしょうか。
4:16にてご自身が天から下って来られて(この時は地上に立つとは書かれていません)、
その後で信者がラプチャーされて、「空中で主と合う」(4:17)ことに何の疑問があるでしょうか?
主ご自身も、先に信者を迎えにくると言っておられます。ヨハネ14:3
その後天に引き上げられた教会と主は、天にて婚礼を挙げられると黙示録は明解です。
地上には不信者をさばく「主の日」(旧約聖書表現です)が、艱難期7年間として始まります。
なお、イスラエルの7つの祭りを学ぶと見事に終末プログラムと合致していて、
艱難期前に主の空中再臨とラプチャー、艱難期後に主の地上再臨があることが隠されていたことに驚きました。
⑴過越の祭り〜 神の子羊、キリストの十字架による刑死をよ表
⑵種無しパンの祭り〜罪のないキリストの血が捧げられた
⑶初穂の祭り〜キリストの復活をよ表
⑷ペンテコステ〜聖霊の降臨をよ表
(中間の4ヶ月間・教会時代に対応)
⑸ラッパの祭り〜教会のラプチャーをよ表
⑹贖罪の祭り(ヨムキップール)〜艱難期の7年をよ表
⑺仮庵の祭り〜千年王国をよ表
これだけ情報があっても、改宗はあり得ませんよね。
失礼しました(^o^)
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