オーナーのヨセフ
改造中の新店舗
シアトルですでに10年以上の付き合いになる友人に会いに行きました。
彼のサロンは現在拡張中。
クイーンアンにあるサロン・ヨセフです
http://www.salonjoseph.com/
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■ ビジネスは何倍にも成長することがある
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これまでの倍のフロア面積となる店舗を隣接する壁を取り払って工事しています。
今週土曜に完成に向けて工事は急ピッチで進んでいます。
オーナーのヨセフが新店舗を案内してくれました。
彼自身のオフィスも別室にあつらえています。
「私のための部屋も一つ作ってくれないか?」と私。
「そりゃ、そうだ。
この窓際の一番いいところを、貴方専用の仕事部屋に改造しよう!」
そんな冗談を言い合いながも、
彼のウキウキした様子に
彼の長年の夢が完成近いところから来る興奮が伝わってきます。
彼の人柄の故か、彼のお店はいつも大繁盛。
彼の元で働くスタッフも、顧客も、
たいていは満員です。
確かに、これまでの店舗では小さかった。
多くの店では顧客数に比べ広い店舗面積がガラ~ンと開いているものですが、
彼の店だけは違います。
これまでの2倍に拡張しても足りないくらい。
「別の場所に支店なり、姉妹店を開業してもいいのでは?」
と聞いてみました。
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■ ビジネスには数値で測れないものもある
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ヨセフは「いやあ」と言いながら首を振ると、
ゆっくり説明をしてくれました。
「これまで成長してきたのは、
変わらないで質の高いサービスやスキルを顧客に与えてきたからなんだ。
もし複数店をもったら、私自身の目がすべてに届かなくなってしまう。
私自身の顧客がいなくても、マネジメントのために週に3日は顔を出しているんだ。
これ以上、広げる気はないね。」
売り上げや利益をどこまでも追求していくのも
一つのビジネスのあり方です。
その結果、マネージャーに仕事を委ねて
オーナー自身は左団扇で遊んでいるのも、
引退するのも良いかもしれません。
彼の場合は、仕事の目的がそれとは違うようです。
10年以上の付き合いからの観察から分かることは、
彼は何よりも顧客との付き合いを楽しんでいる。
顧客が満足して、喜ぶ姿を見たいので誠心誠意仕事に励んでいるのです。
そのためには、他者に譲れない仕事の哲学がある。
それを持っているのは彼しかいないので、
彼自身がいつもこれを体現するためにお店に顔を現す必要があるようです。
彼のお店をはじめて訪れたのは、
13年ほど前になります。
その日は休業日でした。
彼は一人でお店の床をモップを握りながらワックスがけをしてました。
掃除を中断して、飛び込み営業の私の話を忍耐強く聞いてくれました。
あくる日の朝、スタッフ全員がそろっている所で私を紹介してくれました。
以来、お得意さんとなってくれています。
その日も、ヨセフとスタッフ全員の祝福を祈りながらその店を後にしました。
それでは、本日の聖書のみことばです。
「 一つをつかみ、もう一つを手放さないがよい。
神を恐れる者は、この両方を会得している。 」
(伝道者の書 7:18 )
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■ メルマガ 「アメリカの国から」
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本日の午後5時から10時まで、
長女は出演するミュージカルのリハーサルのため教会へ行ってます。
ホサナ教会が会堂をシェアさせていただいている本家のNewport Covenant Church http://www.newportcov.org/ が、
South Pacific というミュージカルをいよいよ今週末から上演するため、
仕上げの稽古にも気合が入ってるようです。
http://www.newportcov.org/
この2ヶ月間、毎日曜日午後の4時間を練習に捧げてきました。
長女は子役で主演を演じ、フランス語でのソロができると張り切って、
これまで一度も根をあげたことがありません。
この木曜日夕方に5時間の最後のリハーサルがあって翌日の本番に臨みます。
入場は無料で誰でも可能ですので、
今週と来週の金曜と土曜(午後7時から)、日曜(午後3時から)に
ご近所の方はどうぞ起こしください。
ホサナキリスト教会・聖書広場でのノートです。
http://wdx.hosannamin.org/
「奥義としての王国―その③:御国の特徴」
マタイ13章24~43節
~マタイ福音書連続講解説教33~
{メッセージの抜粋}
マタイ福音書13章では、「奥義としての王国」時代について解説していると解きました。
それは「キリスト教界」であり、今現在の様相を預言したものとなっています。
現在とはどういう時代か、これを解くカギが本章にあるのです。
本章(聖書のどの場所もそうなのですが)を正しく解釈しない限りは
羅針盤を失った大航海時代の帆船のようです。
己の立ち軸を知らないまま、どこを目標に進めば良いかも分からないままに、
時代の荒波に翻弄されるより他ありません。
この時代の特徴を教えるために、主は8つのたとえ話を話されました。
たとえ話を用いられた理由は、
①一般群衆から真理を隠すため
②弟子たちに奥義を平易に理解させるため
③イザヤ書預言の成就のため
でした。
今回は、最初の4つのたとえ話から今日の宗教界の特徴を学んで見ましょう。
Ⅰ 種の成長 マルコ4:26~29
26 また言われた。「神の国は、人が地に種を蒔くようなもので、
27 夜は寝て、朝は起き、そうこうしているうちに、種は芽を出して育ちます。
どのようにしてか、人は知りません。
28 地は人手によらず実をならせるもので、初めに苗、次に穂、
次に穂の中に実が入ります。
29 実が熟すると、人はすぐにかまを入れます。収穫の時が来たからです。」
(マルコ 4:26-29)
ここで教えられることは、種(福音の言葉)自体に命が内蔵されていて、
人の行為や努力が、発芽させ、穂や実をつけるものではないということです。
種によって始まったキリスト教界は、やがて「収穫」のときを迎えます。
これが千年王国であり、御使いによって信者は「かまを入れる」ように集められて、
用意された御国(千年王国)を相続するのです。
Ⅱ 毒麦のたとえ マタイ13:24~30
24 イエスは、また別のたとえを彼らに示して言われた。 「天の御国は、こういう人にたとえることができます。ある人が自分の畑に良い種を蒔いた。
25 ところが、人々の眠っている間に、彼の敵が来て麦の中に毒麦を蒔いて行った。
26 麦が芽ばえ、やがて実ったとき、毒麦も現れた。
27 それで、その家の主人のしもべたちが来て言った。 『ご主人。畑には良い麦を蒔かれたのではありませんか。どうして毒麦が出たのでしょう。』
28 主人は言った。『敵のやったことです。』すると、しもべたちは言った。『では、私たちが行ってそれを抜き集めましょうか。』
29 だが、主人は言った。『いやいや。毒麦を抜き集めるうちに、麦もいっしょに抜き取るかもしれない。
30 だから、収穫まで、両方とも育つままにしておきなさい。収穫の時期になったら、私は刈る人たちに、まず、毒麦を集め、焼くために束にしなさい。麦のほうは、集めて私の倉に納めなさい、と言いましょう。』」 (マタイ 13:24-30)
このたとえは、主ご自身が解説をされています。 36~42節
弟子たちにだけ解き明しがゆるされる
群集からは真理が隠される
「赦されない罪」の結果であり
預言の成就である
さらに、「毒麦」をまく悪魔の暗躍があると教えます。
毒麦と麦は見かけ上は良く似ていて、識別困難なのです。
弟子たちはそれを「抜き集める」ことを申し出ますが、
主は「収穫」(世の終わり)までそのままにするように命じます。
教会の中で偽信者かどうかを見分けるもの、
その人を排除するのも貴方や私の仕事ではありません。
裁きは神様がされます。世の終わりには万人の目に明らかとなります。
それまでは正義感で奮い立たなくともよいのです。
人は過ちを犯しやすいものであるのを自覚しましょう。
Ⅲ からし種 マタイ13:31~32
31 イエスは、また別のたとえを彼らに示して言われた。「天の御国は、からし種のようなものです。それを取って、畑に蒔くと、
32 どんな種よりも小さいのですが、生長すると、どの野菜よりも大きくなり、空の鳥が来て、その枝に巣を作るほどの木になります。」 (マタイ13:31-32)
からし種は「どんな種よりも小さい」とありますが、
それは福音のはじめの段階を描写しています。
12弟子たちを見てください。
彼らのほとんどは、無学なガリラヤの漁師上がりです。
しかしそれが生長すると「どの野菜よりも大きくなる」とあるのは、
福音の爆発的な世界への拡大を預言しているものです。
やがてローマ帝国での公認を受け、そして国教とされます。
キリスト教が西洋社会を覆うようになるのです。
しかし、そこには「鳥が枝に巣を作る」状態が現れます。
「鳥」とは、直近のたとえで引用されてあるところから悪魔でことがわかります(13:19)。
これは、広大なキリスト教世界に、異端的な要素が居座ることが示唆されたのです。
モルモン、エホバの証人、幕屋などの異端は、純粋なキリスト教徒は異なる、悪魔の影響の下にあるものです。
Ⅳ パン種 マタイ13:33
33 イエスは、また別のたとえを話された。「天の御国は、パン種のようなものです。
女が、パン種を取って、三サトンの粉の中に入れると、全体がふくらんで来ます。」 (マタイ13:33)
パン種は常に聖書では偽りの教えや罪、ネガティブな意味で使われます。
すなわち、キリスト教世界に異端的な教えが内在するとの預言で、
そのわずかのパン種が全体を膨らませる(大きな影響力をもつ)のです。
「女」とは、偽りの宗教を意味します。
聖書ではそのように用いられています。イゼベルしかり(黙示2:20)、大淫婦(黙示17:1~8)もそうです。
「3サトン」とあるのは、3つの主なキリスト教世界の勢力であると考えられます。
すなわち、カトリック、ギリシア正教、プロテスタントとしてキリスト教世界は3区分できます。
そのそれぞれに異端的な要素(パン種)が内在していると言う、驚くべき預言です。
具体的にいえば
カトリックでは、聖人へのいのりや煉獄の教え。
ギリシア正教では、聖画や聖像への崇拝。
プロテスタントでは、ユダヤ人を排斥する置換神学。
これらは、本来の聖書メッセージから逸脱したものです。
主は、当時から数千年後の今日の様相を預言し、キリスト教界の特徴を教えられました。
それにより、私たちは今日がどういう特徴を持った時代であるのかを理解できます。
サンフランシスコにつながるベイブリッジ。
この橋の右に新しい橋を建設中です。
Church通りにある公園はダウンタウン・サンフランシスコを見下ろす位置にあります。
先週末にシアトルに帰っていたのでしたが、
今週もまた機上の人となっていました。
今回はサンフランシスコやウオナット・クリークへ出かけました。
1年のうちいつ来ても、ここは良く晴上がっているところがいい。
雲一つない晴天に海の碧さが映えて、街をカラッと照らしている。
聞けばシアトルは今日も雨。
陽光の恵みをここで充分に戴いておこうと思います。
先週のアリゾナ・ユタ州ドライブツアーで
どうしても外せない一点がありました。
それを記して、春休みツアー報告の最後とします。
今回の旅で最も大きな感銘を受けて私の記憶に残っている地名が
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■ antelope
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これまでも何度か旅行雑誌に紹介された幻想的な岩肌の色は見てきました。
しかし写真で見るのと、現物で見るとのとはやはり次元が違います。
訪れる時間によって天井の岩間から差し込む光線の角度が変わり
毎分、刻々と岩の色が変化して行きます。
義母はかつて、
antelopeをその目で見たらそこで死んでもいい。
そんな感想を言ったほどです。
それをこの目に納めて堪能できたことは、生涯忘れることはないでしょう。
ガイドの女性がカメラを構えるそのスポット一点に立たない限り、
美しい文様の写真が取れない不思議さ。
わずかそこから1歩でもズレてしまうと、平凡な光景しか写真に残らない有様は、
そのアメリカン・インディアの60歳ほどの女性が、
魔力を持っているかのように錯覚してしまうほど、神秘を秘めたところです。
その秘境のantelope canyonは、The Navajo Nation と言われる広大なナバホ・インディアン居住地に位置しています。
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■ アメリカ原住民の居住区
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インディアン居住区は、米国の中に点在しており、
そこでは自治が営まれています。
連邦税や収税などの所得税は免罪となり、
ギャンブルも許されてます。
そのantelopeまで行くにも、ナバホ族が経営するツアーに参加しなくてはならず、
個人が勝手に踏み込むことができない、独立自治区。
Paigeのダウンタウンからジープに揺られること25分ほど。
舗装されていない原野の砂の上を80キロほどの猛スピードで突き進みました。
運転手は先述の女性。
土地の説明からカメラのポジショニングとその設定を手伝うことまで
何から何まで一人でやってのけるたくましい女性でした。
岩肌の自然が織りなす芸術に圧倒されましたが、
それと共に、アメリカ先住民について考える時ともなりました。
白人が来るまで、この豊かな大陸は彼らのものでした。
白人政府は彼らから土地を取り上げて、価値の低い居住区に追いやったのです。
その負い目を今も継承しているためか、
居住区では所得税が免除。
それでいて、道路や学校、水道光熱などのインフラは州や連邦政府が他と同様に負担します。
警察や消防などのサービスもある他、カジノ許容といった他にはない特典も。
良いことづくめのように見えますが、
その結果は、決してそうではありません。
白人政府に依存した結果、かつての誇り高い自主独立の気風を失い、援助漬けの生活。
主な産業といえば、観光とカジノくらいしか育たず、ほとんどの方々は貧困から抜け出ていません。
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■ 聖書の言葉
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聖書にも怠惰や一方的な援助に頼る生き方を戒める次の言葉があります。
7 どのように私たちを見ならうべきかは、あなたがた自身が知っているのです。
あなたがたのところで、私たちは締まりのないことはしなかったし、
8 人のパンをただで食べることもしませんでした。
かえって、あなたがたのだれにも負担をかけまいとして、
昼も夜も労苦しながら働き続けました。
9 それは、私たちに権利がなかったからではなく、
ただ私たちを見ならうようにと、身をもってあなたがたに模範を示すためでした。
10 私たちは、あなたがたのところにいたときにも、
働きたくない者は食べるなと命じました。
11 ところが、あなたがたの中には、何も仕事をせず、おせっかいばかりして、
締まりのない歩み方をしている人たちがあると聞いています。
12 こういう人たちには、主イエス・キリストによって、命じ、また勧めます。
静かに仕事をし、自分で得たパンを食べなさい。
(2テサロニケ3:7-12)
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ホサナキリスト教会・聖書広場でのノートです。
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「奥義としての王国―その②:御国の5つの側面」
マタイ13章18~23節
~マタイ福音書連続講解説教32~
{メッセージの抜粋}
聖書では「神の国」が5つの様相をなしています。
どれを指しているのかは、その文脈で判断をせなばなりません。
正しい判断ができないと正しい解釈ができずに、聖書が何を伝えんとしているのか分からなくなります。
マタイ福音書では「天の御国」用語が使われていますが、
これは「神の国」と全く同じものです。
マタイはユダヤ人に向けて福音書を書きましたので、「神」という語を意図的に避けたかったのです。
ユダヤ人は、畏怖の念から「神」を筆記も口述もしないのです。
聖書の言う「神の国」は、
我々一般の日本人が抱いてる「神の国」とは根本的に異なるものです。
「死んだら天国に行ける」意味でのそれではありません。
それは現世において体験できるものであり、
かつ力を持って実現しつつあるものであり、
将来に圧倒的な実存的威力で完成されるものです。
それでは、聖書の教える「神の国」の5つの側面とは、
1. 宇宙的・永遠の御国
神が森羅万物の創造者にして、供給者あり、支配者である側面
全宇宙が、そしてあらゆる時代がすでに神の国であるといえます。
なぜなら神が究極的には全てを統べ治めておられるからです。
「この世界とその中にあるすべてのものをお造りになった神は、天地の主ですから、手でこしらえた宮などにはお住みになりません。」 (使徒 17:24)
「主は世々限りなく王である。 国々は、主の地から滅びうせた。」 (詩篇10:16)
2. 霊的な御国
聖霊によって新しく生まれた者たちの心に存在するもので、
アダムから現在まで、信仰によって義とされたものたちがその住人である。
「 だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。」 (マタイ 6:33 )
ここでの神の国は、信者の心に実現する神の統治を指しているもので、
それは信仰により新生することにより、現在可能のことである。
この御国はアダムから永遠の先までの信者をメンバーとする
3. 神政政治による御国
神政政治国家(イスラエル)を通じての神の間接統治
神様は、イスラエルをご自身が特別に統治する民族・国家として選ばれた。
ゆえにそこに「王国」があった。それは限定期間であり、
大きく二つの時代に分けることができる
モーセによって始めて樹立された王国(神の国)~ 律法が与えられて神政国家の土台が敷かれる
モーセからサムエルまでは、神の召命による仲介者による統治(士師時代)
君主制による世襲統治~サウルからダビデ、デゼキア王による統治
出エジプト19章~Ⅱ歴代36章までがこの御国時代である
神政時代後半は衰退期。
南北分裂とバビロン捕囚によって終焉した王国である
終焉後、現在まで「異邦人の時代」が続いている
預言者による新しい御国形体の預言が衰退期に活発となる
それが、将来に実現されるメシアの御国(千年王国)である
4. メシアの御国(千年王国)
統治者か、統治年数に注目するかで呼び名が変わる
OTのほとんどの御国預言はこの側面である。特に捕囚期以降の預言。
メシアによる直接統治の王国。
エルサレムでダビデの座についての文字通りの地上統治
これはダビデ契約の成就
とこしえの家、王国、王座、子孫を与えるとの約束
Ⅰ歴代17:11~15
B.ヨハネと主イエスが「近づいた」と伝えた御国
当時のユダヤ世代からは取り去られたが、
将来のユダヤ世代(艱難期)に再び提供されるもの
「神の国の実を結ぶ国民」(マタイ21:43)とはユダヤ人のことである。多くの学者が「教会」と解釈しているのは誤り。この国民(単数形)が教会(あらゆる民族から形成されるもの)に取って代わったとする立場が置換神学である。
「異邦人」(口語訳)と訳しているのは置換神学の史観であり、誤訳と言わざるを得ない
人間的な視点からは、千年王国は延期された
神の視点からは想定内のことであった。異邦人に伝道が進むことによる成就が既に旧約聖書に預言されている(イザヤ49:1~3)。
5. 奥義としての御国
12章でのメシア拒絶があって、神の国プログラムは変更された。
突如歴史に介入された神の国である。
イエスは答えて言われた。「あなたがたには、天の御国の奥義を知ることが許されているが、彼らには許されていません。 (マタイ 13:11 )
この奥義を解説しているのが13章である。
それは奥義である
「旧約聖書では啓示されてず、新約時代になって初めて明らかにされた真理」を意味する専門用語である。
OTではこの側面は全く言及されていない
この御国の期間は、メシアの初臨から再臨までの間である
さらに厳密には、ユダヤ人のメシア拒絶(12章)から、将来の艱難期のメシア受容までの間である
「キリスト教界」"Christendom” が最もふさわしい用語であろう
王(メシア)は天におられて、地上には不在状態の御国である
13章のたとえ話は、現在進行中の地上の御国の様子を描写したものである
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