ふりかえりも今日で3日目。
2022年、「筋トレ」と「ストレッチ」だけが100%になりませんでした。
筋トレができなかった日は4日間。
ウルトラマラソン後の3日と、フルマラソン当日でした。
ストレッチは、フルマラソン当日だけできず……。
「ハレとケ」で考えると、「ケ」ではしっかりできていたので、OKかもしれません。
その他、「瞑想」「日記」「わらしべ読書」はコンプリートでした!
問題は、お酒でしょう。
50%未満の数値目標から大きく外れてしまいました。
どうやら、食生活だけがコントロールできていない。
そこが今年の課題になります。
今年の数値目標は、下記の通りです。
*毎日やることはすべて100%(ハレの日に注意!)
*飲酒率50%未満(前年と同じ目標)
ちなみに、正月3日間で飲酒率は100%となっています。
3日飲まなければ、50%になる!
前向きだぜ!!
第2弾は、走行距離です。
去年は、初の2,000km超えで、目標を大幅に上回ることができました!
要因は、100kmマラソンへの挑戦があり、そのための練習で300kmを走りきった月もあったことが大きかったです。
さてさて、今年の目標走行距離は、「2,023km」にしました!!!
12/31のオンラインのイベントで、九州のアニキから「たいぞーは年の分だけ走ってる!」と言っていただいたので、今年は2023年にちなんで、2,023kmです。
今年の目標大会は、今のところ、5月の岩手と秋にもう1つのフルを考えていますが、ウルトラ系の大会への参加は未定です。
フル2つ、ウルトラ1つと言いたいところですが、フル2つだけでも、目標の距離は達成できる気もします。
ウルトラへ参加するとなると、相当時間を取られますからねぇ~。
今年も時間配分が重要になってきそうです。
というわけで、早速、1月2日に10km走ることができました。
残り2,013kmです。
楽しんで走りたいと思っています!
今日から今年の数値目標を1つずつ、アップしてまいりましょう。
まずは「読書」から。
やはり、いいインプットは読書に限ります。
読書量が少ないと、どうも脳のフレッシュ感が無いのです。
常に新しい知識を入れて、不要な知識は忘れていく(もしくは evernote などのアウトソース化)。
去年は、最低月10冊で120冊を目標にしたのですが、RUN練習やらライティングへの時間を使うことが多く、目標をクリアできませんでした。
今年も、アクティブな年にはなりそうですが、1/8には「瞬読」のセミナーにも申し込みしたところでありますし、去年と同じ「120冊」を目標にすることにします!
年末から年始にかけて、10冊以上本を買ってしまったので、残りの休み中に最低4冊は読破したいところ。
今年は読書で知的に暮らしますよ!!!
2023年、あけましておめでとうございます!
今年も毎日更新で、全力で生きていく中での「学び」「気付き」「アイディア」などをアップしていく予定ですので、引き続きよろしくお願いいたします。
画像は、12月31日の「日の出」の写真。
きっと、1月1日の「日の出」が「初日の出」ということで世間的には価値がある印象ですが、12月31日の日の出を見て、この「日の出」もまったく同じ価値であることを実感しました。
さらに言うと、1月2日、1月3日、1月4日の「日の出」もすべて大事。
毎日、毎日、日はまた昇る!
つまりは「一日一生」ということ。
1日単位で人生を生きたいところであります。
もちろん、節目も大切です。
さあさあ、2023年の1日目。
どんなことで、自分の「状態」を良くしていこうかな?
まずは神社へGO!ですね。
(その後、お酒も……)
とにかく、自分にとことん向き合った1年でした。
前半は、コーチングのコーチについてもらい、100kmマラソン完走という目標にフォーカスでき、最初は絶対にできないと思っていたのにもかかわらず、最後は「完走できるに決まっている!」に変わっていて、無事に達成できました!
後半は、自分を自分でコーチングして(セルフコーチング)、今度は4年前に掲げた「サブ4」を達成できました。
仕事的には、メンバーが2名離れた中で、残ったメンバー達が奮起してくれたことで、年度開始時に立てた目標も順調に進捗できています。感謝しかありませんね!
他にも、「Linuc Level300」の資格に合格したり、ライティングを磨いたり、とことん、自分のレベルアップとなる「行動」を続けることができました。
さあ、今年の1字を発表します。
漢字なら「達成」の「達」。英語なら「Believe」にします。
「たいぞー、君ならできるよ! なぜなら、GRIT族・たいぞーだもの!」というセルフトークを何度も何度も言い続けることができたこと。
年齢的な限界なんて、誰かが決めた制約です。
来年は「年齢」という概念をキッパリと忘れて、「若さ」を追求していきたいと思います。
脳は簡単に騙すことができますから。
最後にどんな1年だったか?
「やればできる!」ということを学んだ1年。
幸いにして、ティモンディの高岸さんのプロデビューの試合にも立ち会うことができました。
RUNNERとして思い描いたところまでたどり着くことができました。
さあさあ、来年は、どんな年にしていくか?
「たいぞーがいてくれて良かった!」と感じてくれる人を最低5人は増やしたい。
そのために、どう動くか?
今以上に、自分を売り出していくことが必要そうですね!
(手段は、まだ未定ですが……)
というわけで、今年もお世話になりました。
来年も引き続き、よろしくお願いいたします!
いよいよ、2022年も終わります。
今年は、自分の可能性について、研究する年となりました。
3つの出来事を通して、振り返ってみたいと思います。
3位「天狼院書店 ライティングゼミをクリア!」
今年は「文章力」と「やりきる力」、この2つをフォーカス・パワーにしていたので、天狼院のライティング講座は、うってつけの挑戦となりました。
9月から12月までの16週間、2,000文字の文章を提出し続けることができ、最終的には12文章で合格。
さらにゲームのクリア条件だった「最後の4回中3回合格」を最後3連勝で決めることができました。
結果的に、ここでも「GRIT力」を鍛えることができたと思っています。
この経験から学んだことは、書くことは楽しい!ということ。
以前に比べて、書くことは苦じゃなくなりました。
今後とも、文章を磨くことは、継続していきたいですね!
2位「ウルトラマラソン100km完走!」
2つ目は、6月5日に達成した100km完走です!
1位にしようと思ったのですが、去年の12月に突発的に出てきた目標だったので、1位は思い入れの強い方にしました。
約5カ月間、オンラインでプロコーチをお願いし、月2回程度、セッションをお願いして、伴走してもらったことで達成できました。
コーチにした約束事をしっかり守る→自己肯定できる→また練習に励む
この好循環が、自分の走力を少しずつ押し上げてくれました!
2023年に100kmに挑戦するかは未定ですが、またどこかのタイミングで、もう一度チャレンジしたいことではあります。
1位「フルマラソン サブ4達成!」
やはり1位は、サブ4になります!
2018年のはじめに掲げた目標。
コロナもあり、3年ぶりのレース(10月16日長井マラソン)で、達成できました!
タイムは3時間57分だったとはいえ、サブ4には変わりません。
サブ4は、継続コーチングは無しで、セルフコーチングで自分を鼓舞しました!
今年前半のコーチとの関わりを、自分1人で同じようにやるだけ。
ここで大切なのは、「ふりかえり」と「美点凝視」でした。
できていることを認め、不足している部分をとにかく小さくてもいいから行動し続ける。
もう、それだけと言っても過言ではありませんでした。
この経験が、自分にとって、一番嬉しかった出来事です。
まとめ
2022年の私の漢字1文字は「達」になります。
他にも、達成できたことは多くありました。
来年以降も、達成したいこと、ありたい姿を思い描きながら、ひたすら行動をし続けるのみであります。
今年もお世話になりました。
来年も引き続き、よろしくお願いいたします!!!
「タイトルホルダー、行け~! そのまま! そのまま!」
つい先ほど、2022年の「有馬記念」が終わった。
私も、妻も、子どもたちの予想は、すべて想定外の展開で、イクイノックスが先頭でゴールを駆け抜けた瞬間、興奮で盛り上がっていたテレビの前は、一瞬で静寂に包まれた。
本命の「タイトルホルダー」は、逃げたものの最後は失速して9着。
クリスマス・イヴの夜、家族で明日の有馬記念の予想を家族会議で行った。出走馬の特徴、戦績、さらには馬ごとにどんなストーリーがあるのか? 息子たちからの一通りの質問を回答した後、家族1人ひとりのレースの希望的観測全開の仮説が発表されていく……。我が家としては、競馬を予想する行為は、「共同体感覚」を味わうための大切な時間のひとつなのだ。
今年の競馬もこれで終了。最後は残念だったが、来年こそは、家族全員の笑顔の場面をもっともっと増やしていきたいと心に誓った。
競馬との出会いは、約30年前に遡る。
競馬の魅力にとりつかれた友人から、「競馬場に行かないか?」と突然誘いを受けたことがキッカケだった。その日は、馬券を購入するもカスリもしなかったことを思い出す。ビギナーズラックという概念は、私には無縁だったのか。
その後も友人からは何度も誘われた。当時の競馬場は、今のようなオシャレなプレイスポットからは程遠く、たばこの匂いが充満していて、オヤジ達の「るつぼ」と化していた。汚い。そして臭い。正直言って行きたくなかった。
友人に嫌われたくなかったので、仕方なく付き合った。行く度に、ワクワクして馬券を購入している友人を横目で見ながら、何度も何度も時計に目をやった。
しかし、何日か目で、適当に選んだ馬券が的中したのだ!
確か数千円が1万円以上になり、ギャンブルの魅力をついに知ってしまった瞬間であった。
そんなものである。
その快感を何度も味わいたいと思うようになり、「競馬を知りたい!」という好奇心のスイッチが入り、競馬の勉強を始めることにした。
まずは、レースの特徴を学んでいく。芝とダートのコースがあること。短距離、中距離、長距離と距離にも幅があり、馬のタイプによって、逃げ馬、先行馬、差し馬、追い込み馬がいるということも……。
さらに学んでいくと、競馬は血統のスポーツであることにたどり着いた。調教師や騎手など様々な人間模様があることも理解した。
最初は、馬券を当ててお金を増やしたいという下心だけだったが、競馬の歴史を学び、知識が増えていくことで、競馬はスポーツ観戦の1つとなり、ついには、プロ野球に肩を並べた。
知ることで、今まで見ていた景色が色鮮やかになっていく。
馬券が的中することで、喜びが倍増するのはもちろんだが、馬券に負けたとしても、GⅠなどでドラマティックなレースを見られただけでも満足できた。
競馬を始める以前のオグリキャップやトウカイテイオーの復活劇に立ち会うことはできなかったが、三冠馬ナリタブライアンの復活は体感できた(マヤノトップガンとの阪神大賞典)。
馬が持つストーリーに興味を持つことで、贔屓したくなる馬も増えていく。
推しの馬が出走するレースは、ほとんど競馬場に足を運んで観た。
数年が経ち、推し馬を応援する日々は続いていたが、それだけでは物足りなくなり、雑誌で知った「一口馬主」という制度を利用することになる。
友人と一緒に同じ馬の馬主になったのだった! 500分の1の馬主ではあったが、毎月「餌代」を払うことで、独身のくせに「親心」が育っていった。
地元には、その一口馬主が運営する牧場があり、年に数回は通っていたか。
自分が馬主になっている我が仔を恐る恐る撫でることで、その愛情は深まっていった。さらに、我が愛馬が北海道の牧場に放牧になったときには、気がつけば、北へ向かうフェリーの切符を手にしていた。
最初は、あれほど煙たがっていた競馬だったが、わずか4~5年でここまで「大好き」になるとは自分でも驚いている。
しかし、潮目が変わったのは、自分自身の「結婚」だった。
馬券を購入する機会も減っていき、レースを観るのも、大きなGⅠレースに限定された。自由に使えるお金が激減したことがその理由だ。
結婚して1年後、私にも大切な家族が増えた。双子の息子の誕生である。
息子たちが産まれたことで、一口馬主の世界からも足を洗った。
愛馬の餌代ではなく、今度は、本当の息子達にご飯を食べさせていかなければならないのだ。当然である。
生活は一変した。子どもたちとの関わりはかけがえのない時間だったが、私も妻も、自分達の時間は、ほとんど無くなった。一気に競馬と自分の間に、見えない壁が立ちふさがった感覚だ。
息子の成長に伴走しているときの趣味は、「読書」が中心だった気がする。
息子達が昼寝しているときに、死に物狂いで書を読んだ。世間から取り残されたくなくて、ビジネス書を中心に読み漁った。
そんな中、2014年、1冊の本と出会うことになる。
それが『嫌われる勇気』だった。
アドラー心理学って何だろう? もちろん、初めて聞く言葉である。
当時は、『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーのマネジメントを読んだら』が大人気。ドラッカーが熱かったから、二匹目のドジョウを狙ったのかと疑って読んでみたら、これが目からウロコの話ばかりだった。
『嫌われる勇気』の発売から、さらに5年が経過した。
息子たちも成長し、手が掛からなくなり、少しずつ自分の時間を作れるようになっていった。
数年ぶりに、1人、バイクで競馬場に行ってみた。
久しぶりにやってどうだったか?
過去の経験を活かして、レースを予想してみた。
購入した競馬新聞を隅々まで睨みつけた。
人気にはなっていないが、何か理由があって、直近は結果を出せていない馬はいないか? 本来は実力があるはずなのに、自分の強みを活かせない条件下のレースだったことで、軽んじている馬はいないか?
今まで繰り返しやってきたこと、これは、もしかしてアドラー心理学で学んだ「ヨイ出し」では無いのか!
メディアやSNSを見ていると、いつの間にか、人の「ダメ出し」ばかりが目につく世の中になってしまった。しかし、競馬では、自分の投資先となる馬の良い所に着目し、その点に期待する。過去の自分が無意識の中で「良い出し」を行っていたとは、新しい発見だった。
さらに、予想を続けていくと、注目する馬の前走の敗因分析を行うことになる。ダート馬なのに、本来は芝が得意なのでは無いのか? 短距離適正が無かっただけなのでは? そもそも右回りが合わない? 不良馬場が堪えたのかも? 騎手の仕掛けが速かったのかもしれない。
まさに、その敗因の「課題の分離」が必要になる。アドラー的には、「人称」の視点で分離するのだが、競馬では、先の通り、様々なファクターが存在するため、的確に「課題」を捉えて、切り分ける必要がある。この「課題の分離」を何頭の馬に対して、行っていく必要があったのだ。
さらに、競馬会はGⅠレースを中心に各レースが組み込まれている。
ステップレースという言葉があるように、そのレースでは「メイチの仕上げ」であるはずもなく、60%や70%の状態で出走して、惨敗する場合も多い。
その馬の本当の目的は何かを把握することが大切なのだ。まさに「目的論」の話で、そこを理解する必要がある。その馬の理想の姿を決めているのは、馬主や調教師であるため、彼らのコメント情報に注視する必要がある。しかしながら、レース前とレース後のコメントが180度変わることがあるから注意が必要だ。人の気持ちにもフォーカスしなければならない。本心と嘘を見極める力も問われる。
その日の競馬は、少額投資だったが、プラスマイナス0。
楽しんで予想ができて、さらに損することなく遊べたことで、全レース終了後は、スッキリした気持ちになれた。
さらに10月には、毎年のように日本の馬がフランスの「凱旋門賞」という世界最高峰のレースに挑戦する。普段は、馬券に縁の無い馬であっても、競馬ファンは、全力で「日本」を応援するのだ。
2022年のサッカーワールドカップで「日本」を応援したのと同じように、日本競馬界がひとつになる瞬間である。まさに、それが「共同体感覚」であり、そこには馬主、調教師、助手、騎手、獣医、ファンのつながりや絆がある。
あのディープインパクトでさえ、凱旋門では3着(その後失格となる)であった。日本を代表する馬が、いつの日か凱旋門賞馬となる日を夢見ている。
知ることで、今まで見ていた景色が違った景色に見える。
同じ競馬を楽しんでいるだけなのに、競馬の中に隠れていた「アドラー心理学」を感じることができた。
まだまだ、アドラー心理学の本質にたどり着いているとは言えないが、アドラー心理学が活かせる場面に気づいて、実際に行動することで、その威力を実感することができている。先の例は、ほんの一例に過ぎないと思う。
日常生活に実際に活かせてこそ、本当に意味のある本物の学問だ。
行動がすべて。トライすることでエラーに気づき、さらに改善して、リトライしていく。競馬の世界でも同様だったのだ。
これからも大好きな競馬を楽しんでいきたい。
朝までとことん予想を楽しむのもいいだろうし、競馬が好きな友だちと、ビールなどを飲みながら、単純にレース観戦するのもいいだろう。
一度、好きになったものは、死ぬまで「好き」であり続ける自信がある。噛めば噛むほど味が出る。知れば知るほど、視点が変わり、また違った世界を見せてくれるようになるから不思議だ。
一度読んだ本をもう一度読んでみたとき、たくさん経験をした自分だからこそ、以前とは違った新しい「気付き」が生まれることがある。
あの感覚と同じなのかもしれない。
最後に、競馬を楽しんでいく中で「絶対にやってはいけないこと」を宣言しておきたい。それは、競馬に負けて、お金を失ったとしても、決して自分を見失わないことだ。
そんなときは、アドラー心理学の真骨頂でもある「勇気付け」を自分自身に対して行っていこう。その負けは、きっと明日の糧になる。
ここでも、アドラー心理学が役立ちそうじゃないか!
Youtubeを観ていると、画面右端(PCの場合)のレコメンド(おすすめ)が気になることはございませんか?
今、選んで観ていたはずの動画に集中できず、右端をついつい観てしまい、「次、何を観ようかな?」「これも面白そう!」などとセルフトークしている自分がいます。
レコメンドの誘惑に打ち勝つことができる意志力の強い方であれば、問題ないとは思いますが、「そうじゃないよ」という方にオススメなのは、「全画面」で観ることです。
慣れないと、「ちょっとデカイ!!」と違和感を感じてしまいますが、このようなチョットした改善が、無駄な視聴時間を減らしてくれると思うんです。
加えて、観終わった後にもレコメンドが出てくるので、そこはもうサクッとブラウザのタブを閉じてしまいましょう!
来年は、この戦略で「必要な動画を必要なだけ」観ていこうと思っています。
昨日は、職場の身の回りの「整理整頓」を行いました。
ある部屋に関しては、歩くスペースも無かったほどなのに、一気にクリーンな部屋に生まれ変わりました。
写真にもあるように、「必要」と「不要」へ分けることが大切。
もし「必要」を選択したのなら、「今すぐ」「後で」「多分」の3つに分けてみます。
もし「後で」必要なら、そのシーンをイメージして、それがいつ頃になるのかを想像してみます。
経験則から言って、「多分、必要」を選択した場合、間違いなく要らないでしょうし、
「後で、必要」でかつ具体的な「時期」を明確に言えない場合も、きっと要らないはずです。
もし後々になって、「あの時、捨てるんじゃなかったぁ~!!!」と後悔した記憶って、過去に1回くらいしか無かった気がします。
つまりは、かなりの高確率で「捨てる」の選択は、正解になるでしょう。
というわけで、今年の仕事も今日と明日の半日で終了です。
残りの時間を使って、もっともっと捨てていきたいと思います。
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